=卒業文集(2006年3月)=
夢
ヒロが小さかった頃、物はなかった。
電卓でさえ、珍しく、高価なものだった。
ヒロが小さかった頃、整った公園はなかった。
林に入って隠れ家を作ったり、草むらの空き地で草野球をしたりしていた。
ヒロが小さかった頃、夢はあった。
なぜ電卓で計算できるのかを真剣に考え、いずれは自分でも作りたいと思った。
完璧な隠れ家をめざし、外から見えないように草で覆うなど、いろいろな工夫をした。
草野球でさえ、空き地に適した三角ベースにしたり、特設ルールを作って楽しんだ。
ヒロが大きくなって、物はたくさん手に入るようになった。
電卓は使い捨て。パソコンに埃が被っていても平気である。
ヒロが大きくなって、整った公園はたくさんできた。
林は危険だからと立ち入り禁止。整ったグランドでしか野球ができない。
ヒロが大きくなって、夢は消えた。
レジでは、電卓すらなく、バーコードで素早く処理される。
子ども部屋という隠れ家に入ったら、社会復帰が難しい。
努力や根性でなく、科学的なトレーニングで強い野球チームができる。
ヒロが年老いる頃、
あらゆる機器にコンピュータが内蔵されるユビキタス社会。
あちらこちらに監視カメラが設置されて、とても安全な社会。
人体にマイクロチップが埋め込まれ、良好な健康状態が維持できる社会。
四十六億歳の青い地球からすれば、ほんの一瞬だけ存在している人間社会である。
科学技術はどんなに進歩しても、未来への夢は生身の人間しか描けない。
ヒロの蒔いた小さな種が成長した時、どんな夢が描かれているのだろうか。