=卒業文集(1998年3月)=
嘘つき
ある生徒に「先生って、嘘つきだよね」って言われた。生徒の感性は素晴らしい。まさに、先生は嘘つきである。
先生は、いろんな嘘をつく。
勉強しないと立派になれないという嘘。世の中、勉強して立派になったという話は少ない。
欠席が多いと、就職できないという嘘。欠席ばかりしていても、就職した生徒は意外と多くいるものだ。
さて、それでは、先生の話が嘘ばかりなのか? いや、必ずしもそうではない。勉強しないよりした方がいいし、欠席するよりしない方がいいに決まっている。
通常、先生の話は、常識的に考えて妥当なものばかりである。だからこそ、嘘だといわれてしまうのだ。常識とは、個々の状況を無視し、特定の観点だけを強調したものなのである。
したがって、豊富な知識や高い技能を身につけることだけを良いことと考えて、勉強は大事だというのである。でも、もし、勉強に代わるだけの高い素質や能力があるとしたら、それを生かすことによって勉強のウェイトは低くなるであろう。
また、学生は勉強することが仕事であるという観点から、欠席はいけないことだという。でも、もし、勉強以上に価値のあることがあるなら、それに力を入れるために学校を休むことも認めるべきであろう。
問題は、それだけの高い素質や能力、あるいは、勉強以上に価値のあることがあるかどうかである。人より若干優れている程度であったり、一時の思い込みだけで特定の価値を追求するのでは、確率的に見て危険である。そこで、先生は生徒のことを考えて嘘をつくことになるのである。
では、その嘘が果たして生徒のためになっているのか。このことに対しては、個々の生徒に応じて適切かどうかを先生自身が反省していくべきであろう。「先生って、嘘つきだよね」って言って、反省の材料を与えてくれた素晴らしい感性の生徒に感謝したい。