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伊勢茶の歴史

茶の木は、西暦800年頃、中国に渡った最澄や空海が日本へ持ち帰ったのが始まりとされている。
 そして、伊勢茶の歴史はとっても古く平安時代は延喜年間(901〜922年)にまでさかのぼります。一乗寺
 現在の四日市市水沢(すいざわ)町の浄林寺(現在の一乗寺)住職‘玄庵さん’が、飯盛山でお茶の種を植えて栽培し、空海直伝の製茶法を村のみんなに伝授したとさ ・・・らしい (?_?) ここからが物語の始まり始まり〜。
 「水沢村郷土史縞」によれば、何やら葉っぱを火で焙っておる住職玄庵さんに、「なにしとんねん?」と村人が訊ねれば、「先代住職が空海からもらい承けた“お茶の葉っぱ”で、これを煎じて呑むと体に良いぞ」と答えた・・・らしい (?_?)。 
 その後に本格的な栽培が始まったのは、平安末期から鎌倉初期。1191(建久2)年、栄西禅師が中国の宋から持ち帰った茶種を入手した明恵上人が栽培し、宇治・伊勢・駿河・川越などに広めてからといわれる。大阪、敦賀、秋田、江戸などで伊勢茶が販売された記録も残っている。・・・らしい (?_?)
 現在の伊勢茶の基盤は、文化・文政年間(1804〜1829年)の頃、水沢町にある薬王山・常願寺の住職だった中川教宏(1806〜1878)が、京都で勉学中に宇治地方を見学、お茶の商品作物としての価値を見抜き、水沢三本松に茶園を開いたことに始まる。当初は檀家などの反対を受けて栽培を断念したものの、住民を説得し茶業の振興に努力した。教宏が開いた茶畑は、今も常願寺畑として現存する。・・・らしい (?_?)
 「日本後記」によると、815年、嵯峨天皇が僧の煎じたお茶を飲んだのが、日本最古の記録になってる。・・・らしい (?_?) 浄林寺の住職‘玄庵’さんがお茶にかかわっていたのが900年初頭だとすると、日本で初めての『お茶』を嗜んでから100年後には“伊勢茶”の栽培が始まっていた事になる。

《製茶王の登場》

大谷氏
製茶王・大谷嘉兵衛

 伊勢茶のエポックとなるのが、幕末から明治初期。海外貿易が盛んになるにつれて茶の輸出が急増、伊勢茶の生産量・輸出量も増加した。
 その際、重要な役割を担ったのが、飯南郡飯高町出身の大谷嘉兵衛(1844〜1933)だ。19歳で横浜の茶商に奉公した嘉兵衛は茶商協同組合を組織し、全国的な伊勢茶の販売や製茶の品質管理、日本茶の輸出に力を注いだ。
 また、茶関税の廃止をアメリカ大統領に直訴し、お茶をめぐる日米貿易摩擦を解消するなど数々の功績を残し、世界的な製茶王としてその名を歴史に刻んだ。   ・・・らしい (?_?) 

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