| 釧路再訪 | |||
| 2001/12/14(金)〜15(土) | |||
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12/14(金) 8:16 JAS131便 11月の釧路には心残りがあったので、今回は平日を絡めて再訪です。 |
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12/14(金) 11:05 選炭場 フル稼働では・・・と思えるほど活発に操業していました。 |
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12/14(金) 13:36 生きている炭鉱鉄道 とうとう自分の目で、生きている炭鉱鉄道を見ることが出来ました。 右上の選炭場から海辺の貯炭場までピストン輸送でした。 |
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12/14(金) 16:00 炭鉱資料館 太平洋を見下ろす高台に資料館があります。 「闇」の恐怖を感じます。 |
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12/14(金) 16:01 採炭機器 資料館には採炭のための機器が何種類も展示されていました。 |
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12/14(金) 16:03 命を支える 坑道の崩落を防ぐ機器。 まさに命の壁です。 |
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12/14(金) 16:09 模型 炭鉱の全体を模型で再現、切羽まで大変な時間を要するのにも納得です。 |
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12/14(金) 18:31 水銀灯の下で・・・ 1日の仕事を終え、待避線に佇む石炭列車、風雪に耐えます。 |
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12/14(金) 20:07 超大盛! 夕食は幣舞橋近くのスパゲティ屋へ。 上が普通盛、下が大盛、フォークの大きさと比べると・・・ |
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12/15(土) 8:49 貯炭場 もう既に石炭を満載してピストン輸送状態。 1本の長い編成を途中分割して2本の側線に分かれて入線したと思ったら即座に「ザーッ」と貨車のお腹から石炭を落とし、また戻って行く。圧巻! |
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12/15(土) 10:12 春採湖畔 小高い丘の上で待つこと約30分。 午前中にもかかわらず、既に3往復目の石炭列車。 太平洋から吹き付ける海風が体温を容赦なく奪ってゆきます。 |
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12/15(土) 10:12 長い編成 黙々と走る石炭列車、しかし、効率的に無駄のない動きです。 |
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12/15(土) 11:29 空荷 おそらくこの日の午前の運炭は終了。 選炭場近くの待避線に戻って行きます。 |
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12/15(土) 14:55 小休止 午後の運炭は少しのんびりムード。 |
![]() 12/15(土) 15:38 通気口 太平洋を見下ろす小高い丘の上に立ち尽くす通気口。 強風の中、ブロアの音が響き渡っていました。 |
![]() 12/15(土) 15:48 ボタ山の最先端 選炭場で選り分けられた石炭くず(ボタ、ズリとも言う)は、長いベルトコンベアで運ばれ、このように積み上げられてゆきます。 既に出来上がってしまったボタ山しか見たことのない自分にとって衝撃的な光景でした。 |
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![]() 12/15(土) 15:54 延々と続くベルトコンベア 選炭場から右上のボタ山に続くベルトコンベア。 中身は見ることが出来ませんが、「音」で生きていることを主張しています。 |
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12/15(土) 15:54 まだ続く ベルトコンベアはまだ続きます。 |
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12/15(土) 16:58 この豚丼! 釧路の街に別れを告げ、空港に行く途中、少し遠回りをして、道の駅「しらぬか恋問」にて夕食。 この豚丼の豪快さは写真で伝え切れないのが残念です。 ご飯の中からも肉が・・・ |
| ※残念ながら2002年1月、太平洋炭鉱は閉山してしまいました。 しかし、規模は縮小したものの新会社での操業が向こう5年間行われることになり、2002年4月、息を吹き返しました! |
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