旅順攻略戦略史

一 旅順攻略の決定と第三軍の編成



 陸軍が、旅順攻略を決定したのは意外に早く、日露戦争開戦後、一月ほどしか経っていない一九〇四年(明治三十七年)三月一四日のことでした。

 「三月中旬に至り」、「陸上より旅順要塞を攻略して敵艦隊の根拠を奪」い「大連港を我が手中に掌握する」ため「三月十四日、一攻城軍を以て旅順の攻圍に任するに決しその準備に着手せり。」(新史・27)

 そして、この決定からおよそ二ヶ月後の五月二七日、第一、第一一師団、徒歩砲兵第三連隊、徒歩砲兵第一独立大隊、野戦重砲兵連隊、攻城砲兵廠、攻城工兵廠を基幹とし、旅順の攻略及び、北方へ向う第二軍の後方安全の確保を任務とする第三軍が編成されます。

「公刊戦史」でも、日本軍の背後を脅かすロシア軍の根拠地である旅順の攻略を主任務とする第三軍を編成したとあります。(戦史・149)

二 旅順要塞攻撃まで

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