旅順攻略戦略史

はじめに



 旅順要塞攻略戦といえば、殆どの方が、故司馬遼太郎氏の名作「坂の上の雲」に描かれたあのイメージを想像されるのではないでしょうか。
 「坂の上の雲」は史実に基づいた優れた小説であり、日露戦争の概略を理解する素材としては適当なのですが、問題なのは、「坂の上の雲」が小説であるにも係わらず、書かれていることが史実そのままだと誤解されている方の多いことです。
 「坂の上の雲」は、あくまでも「史実に基づいて」書かれた小説であって、「史実そのもの」ではありません。
 史実をそのまま書いたのでは、論文にはなっても、小説にはなりません。小説にするためには、どうしても省略や誇張が入ってきます。「坂の上の雲」の場合、旅順要塞攻略戦の部分の描写に、特にその傾向が顕著です。
 それ以外にも、「坂の上の雲」が元にしている資料「機密日露戦史」そのものの誤りや、時系列が逆転している描写(日付が入っているので、注意すれば分りますが、逆転している旨の断り書きがないので誤解を招きやすい)もあり、「坂の上の雲」に書かれていることと、実際の史実とには相当な乖離があります。
 一部の人々が行っている「坂の上の雲」から歴史上の教訓を読みとろうとする行為は、推理小説から、犯罪捜査を学ぼうとするようなもので、無意味であるばかりか、誤った知識を身につけてしまうという点で非常に危険です。
 〔 〕内は、著者の補足説明、及び考察です。ある程度、著者の主観が混じっていますので、旅順要塞攻略戦の事実関係だけを把握したいと思われる方は、〔 〕内はとばして読んでください。とばして読んでも意味は通じるように書いてあります。

 なお、この小論は、主に以下の三種の史料に基づいています。
 参謀本部編纂「日露戦争」  徳間文庫(文中では「戦史」と略称)
 沼田多稼藏 「日露陸戦新史」岩波新書(文中では「新史」と略称)
 谷寿夫   「機密日露戦史」原書房 (文中では「機密」と略称)


一 旅順攻略の決定と第三軍の編成

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