在京獨逸國大使ヨリ外務大臣宛來翰第一

(G、一〇〇〇號)

 以書翰啓上致侯陳者本月九日東京ニ於テ開始セラレタル吾人ノ會談ノ結果幸ニシテ三国條約ノ締結ニ到達セントスルニ當リ閣下カ會談中終始最モ寛容ニシテ且友好的ナル精榊ヲ以テ主要ナル役割ヲ果サレタルコトニ對シ閣下ニ向テ深甚ナル謝意ヲ表明スルコトハ「スターマー」公使及本使ノ最モ眞摯ナル希望ニ有之候

 吾人ハ此ノ機會ニ於テ閣下ト吾人トノ會談ニ於テ反覆セラレタル若干ノ主要事項ニ付再ヒ本書翰ニ於テ左記ノ通陳述セント欲スルモノニ有之侯

 獨逸國政府ハ締約國ハ夫々大東亜及歐洲ニ於ケル新秩序建設ニ指導的地位ヲ占ムルヲ任務トスル世界歴史ニ於ケル新ナル且決定的ナル段階ニ入ラントスルモノナルコトヲ確信ス

 將來長期ニ亘リ締約國ノ利害關係カ一致スヘキ事實及締約國ノ絶對的相互信頼ハ條約ノ確乎タル基礎ヲ成スモノトス獨逸國政府ハ條約實施ニ關スル技術的細目ハ困難ナク決定セラルヘク條約實施中ニ發生スヘキ有ラユル事態ヲ豫想スルハ條約ノ重要性ト一致セス且實際上不可能ナルコトヲ確信ス右事態ハ發生スル毎ニ相互信頼及互助ノ精楠ニ基キテノミ虜理セラルヘシ

 條約第四條ニ規定セラレタル專門委員曾ノ決定ハ夫々關係各國政府ノ承認ヲ経ルニ非サレハ實施セラルルコトナカルヘシ

 一、締約國カ條約第三條ノ意義ニ於テ攻撃セラレタリヤ否ヤハ三締約國間ノ協議ニ依リ決定セラルヘキコト勿論トス

 條約ノ意圖スル所ニ反シ日本國カ未タ歐洲戦爭叉ハ支那事變ニ参加シ居ラサル一國ニ依リ攻撃セラレタル場合ニハ獨逸國ハ日本國ニ全面的支持ヲ輿へ且有ラユル軍事的及経濟的手段ヲ以テ日本國ヲ援助スヘキコト當然ナリト思考ス日本國「ソヴィエト」聯邦トノ關係ニ關シテハ獨逸國ハ其ノ力ノ及フ限リ友好的了解ヲ増進スルニ努ムヘク且何時ニテモ右目的ノ爲周旋ノ勞ヲ執ルヘシ

 獨逸國ハ日本國ヲシテ大東亜ニ於ケル新秩序ノ建設ヲ容易ナラシムルト共ニ如何ナル危局ニ對シテモ充分備フル所アラシムル爲自國ノ工業能力竝ニ其ノ他ノ技術的及物質的資源ヲ能フ隈リ日本國ノ爲ニ使用スヘシ、更ニ獨逸國及日本國ハ有ラユル方法ニ依リ其ノ必要トスル原料品及鑛物(油ヲ含ム)ヲ獲得スル爲相互ニ援助スヘキコトヲ約ス獨逸國外務大臣ハ前記諸事項ニ關聯シ伊太利國ノ援助及協力カ要請セラルルトキハ伊太利國ハ勿論獨逸國及日本國ト同調スヘキコトヲ絶對ニ信スルモノナリ本使ハ右陳述ヲ特別代表者「スターマー」公使ニ依リ親シク齎サレ且本國政府ヨリ繰返シ本使ニ傳達セラレタル獨逸國外務大臣ノ見解トシテ閣下ニ提示スルモノニ有之侯


本使ハ茲ニ閣下ニ向テ重テ敬意ヲ表シ侯 敬具


  昭和十五年九月二十七日



  (「日本外交年表竝主要文書1840-1945」外務省 原書房 P460)


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