石原莞爾尋問調書 1946年4月25日


1946年(昭和21年)4月25日 東京 逓信病院
国際検察局(IPS)による石原莞爾の尋問調書

 1945年4月25日 1400〜1530
 東京逓信病院
 尋問 H・C・ノートン(スペシャル・エージェント(以下SEと略記))
 通訳 エリック・W・フレッシャー少尉
 証人 石原莞爾

 (注記:ノートン氏が記録を行った。)


Q 1928年10月から1932年8月までの間、満州で何をしていましたか。

A 満州では、関東軍参謀として、戦略を担当していた。

Q 満州の自治指導部を知っていますか。

A 聞いたことがある。

Q いつ作られましたか。

A 1931年の9月か10月に作られた。

Q 自治指導部のメンバーの名前は判りますか。

A 中野琥逸(なかの・こいつ)と笠木良明(かさぎ・りょうめい)がいた。二人とも自治指導部のリーダーだった。中野はもう死んでいる。笠木は、最後に聞いた話では、日本にいる。しかし、いまどこにいるかは知らない。自治指導部を率いていた干沖漢(ゆー・ちゃん・はん)も知っている。

Q 自治指導部は関東軍と関係がありましたか。

A 自治指導部は関東軍の指揮下にあった。

Q 関東軍は自治指導部の長であった干沖漢を指導したのですか。

A 自治指導部は何事であれ、関東軍の承認を受けなければならなかった。当時政治顧問であった板垣征四郎なら完全に答えられるだろう。

Q 板垣は友人ですか。

A 親友だ。

Q 板垣はどの程度、干沖漢と接触していましたか。

A 事変前に、板垣が干沖漢と接触したことはない。

Q なぜです。

A 干沖漢は長い間病気だったし、事変前は自治指導部を掌握していなかった。

Q 板垣は、事変前に自治指導部を組織したり、資金を提供したりしていませんでしたか。

A そんなことはしていない、板垣が自治指導部と接触したのは事変後だ。

Q 満州事変は1931年9月18日に勃発しています。どうやって、事変後これ程素早く、このような組織を作ることが出来たのか説明して下さい。

A 中野と笠木は、事変の暫く前からこういう組織を検討したり、研究したりしていた。彼らは、雄峰会(ゆうほうかい 満州鉄道の若手で組織された)と満州青年連盟を組織した。この二つの組織はほぼ日本人のみで構成されており、1928年には既に活動していた。満州事変後、この二つの組織が合体して、自治指導部を形成した。

Q 干沖漢はこの二つの組織と関係していましたか。

A いや、干沖漢はずっと病気だったから、関係していない。

Q 自治指導部が関東軍の指導や指示を受けた具体的な事例を何か知っていますか。

A 特別な事例は知らない。しかし、自治指導部の全ての活動は関東軍によって承認をうけなければならなかった。

Q 将軍、あなたは関東軍の戦略担当の参謀であったわけですが、自治指導部の他のメンバーを思い出せませんか。

A いや、思い出せない、小日山直登(こひやま・なおと)は満州青年連盟の会長だったが、満州事変の当時、小日山は東京にいたから、自治指導部に関わっていない。終戦時、小日山は日本政府の運輸大臣を務めていた。
  山口重次(やまぐち・じゅうじ)も満州青年連盟の非常に活動的なメンバーだった。しかし、山口も自治指導部のメンバーではなかった。もっとも、山口は満州国共和会が組織されたとき、そのメンバーになった。満州国共和会は自治指導部の解散に伴って成立した。自治指導部は満州国が独立を宣言した時に解散した。

Q ドイツにいたことがありますか、またそれはいつですか。

A 1923年から1926年までいた。

Q 防共協定について何か知っていますか。

A 東京の参謀本部は防共協定に非常に熱心に賛成していたし、成立することを望んでいた、ロシアが満州の国境線に日本以上の軍隊を配備していたためだ。

Q だれが、この協定を成立させるための交渉を行いましたか。

A 私の知っているのはオオシマ(大島浩 おおしま・ひろし 駐独武官のち駐独大使のことか?) ただ一人だ。

Q この協定を補完する秘密軍事同盟は存在しましたか。

A 存在しない。

Q 中国戦役(日中戦争)の間、松井石根(まつい・いわね 上海派遣軍司令官)は上海、 南京を攻撃した軍を指揮していましたが、この経緯はどうなっていましたか。。

A 参謀本部が上海攻撃計画を作成し、天皇に提出した。天皇は、東京において、攻撃計画を松井に個人的に渡した。松井は軍の指揮を引き継ぐため上海へ行く際、計画を一緒に持っていった。そして松井は上海攻撃計画を実行した。南京攻撃計画は、上海の戦いの間に作られ、中国戦役(日中戦争)で実行するため松井のもとに送られた。

 尋問者の覚え:上記の情報は東京逓信病院の患者から入手された。患者は回復しつつある。
 粟谷憲太郎・吉田裕 編集解説「国際検察局(IPS)尋問調書 31巻」日本図書センター
 (P54〜P75)

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