付録 B
一、昭和十年八月参謀本部作戦課長に任命されし石原は着任後北満に於ける日蘇両国兵備の差甚大なるを知り速かに内地にある相当兵力を北満に移駐して蘇聯との兵力均衡を獲得すると共に軍隊の機械化特に航空兵力の増強を眼目とする兵備充実を企図し上官の賛同を得たり然るに民間にも政府にも日本経済力の綜合判断に関する調査なきを知りて驚愕し種々考慮の結果満鉄会社の諒解を得昭和十年秋同社経済調査会東京駐在員たりし宮崎正義に依頼して日満財政経済調査会を創立せり 当時全く私的機関なり 二、前項の兵備充実の基礎たるべき生産力拡充計画第一案は昭和十一年夏頃脱稿せり。 案の基礎条件として少なくとも十年間の平和を必要と認めたり 三、昭和十二年九月石原が参謀本部より転出後も、宮崎氏は研究をつゞけ支那事変を急速に解決するにあらずんば重大なる危局を招来すべきことを主張したるも当局の顧るところとならず昭和十五年調査継続の意義なしとして自ら調査会を解散せり |