自らも特攻を命じられた経験を持つ角田氏は、その著書である「零戦特攻」(朝日ソノラマ)で以下のように書いています。
 暗闇の坂道を山裾の搭乗員室に向かう。搭乗員室とは名ばかりで、道端の椰子の葉で葺いた堀っ建て小屋、土間に板を並べただけのものである。その入り口に近づいた時、突然右手の暗闇から飛び出して来た者に大手を広げて止められた。
「ここは士官の来る所ではありません」と押し返してくる。
 私はその声に聞き覚えがあって、むっとした。それは二〇三空の倉田上飛曹であった。厚木空の教員時代、同じ分隊におり、同じラバウル帰りの長野、山本の同年兵である。三人組で私の下宿へ押しかけて来ては妻の酌で飲んでいった奴である。
「何だ、倉田じゃないか。どうしたんだ」
 私の声に彼も気がついた。
「あッ分隊士ですか。分隊士ならいいんですが、士官が見えたら止めるように頼まれ、番をしていたものですから」と変なことをいう。
 不審に思ってわけを聞いてみると、
「搭乗員宿舎の中を士官に見せたくないのです。特に飛行長には見られたくないので、交代で立ち番をしているのです。飛行長が見えた時は、中の者にすぐ知らせるのです。しかし、分隊士ならよろしいですから見て下さい」
 そう言われてドアを開けた。そこは電灯もなく、缶詰め空缶に廃油を灯したのが三、四個置かれていた。薄暗い部屋の正面に、ポツンと十人ばかりが飛行服のまま、あぐらをかいている。そして、無表情のままじろっとこちらを見つめた目が、ギラギラと異様に輝き、ふと鬼気迫る、といった感じを覚えた。
 左隅には十数人が一団となって、ひそひそ話している。ああ、ここも私たちの寝床ではない、と直感して扉を閉めた。
「これはどうしているのだ」倉田兵曹に聞いた。彼の説明では、
「正面にあぐらをかいているのは特攻隊員で、隅にかたまっているのは普通の搭乗員です」
と言う。私は口早に質問した、
「どうしたんだ。今日俺たちと一緒に行った搭乗員たちは、みな明るく、喜び勇んでいたように見えたんだがなあ」
「そうなんです。ですが、彼らも昨夜はやはりこうしていました。目をつむるのが恐いんだそうです。色々と雑念が出て来て、それで本当に眠くなるまで、ああして起きているのです。毎晩十二時頃には寝ますので、一般搭乗員も遠慮して彼らが寝るまでは、ああしてみな起きて待っているのです。しかし、こんな姿は士官には見せたくない。特に飛行長には、絶対にみんな喜んで死んで行く、と信じていてもらいたいのです。だから、朝起きて飛行場に行く時は、みんな明るく朗らかになりますよ。今日の特攻隊員と少しも変わらなくなりますよ」
 私は驚いた。今日のあのゆうゆうたる態度、嬉々とした笑顔、あれが作られたものであったとすれば、彼らはいかなる名優にも劣らない。しかし、また、昼の顔も夜の顔もどちらも本心であったかも知れない。(P398-399)
 こういう面があったということだけを指摘して終わりとします。


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