あらかじめ、お断りしておきますが、私も南京において30万人もの中国人が殺されたとは思っておりません。
 しかし、それが、物理的に不可能であったという主張は、間違いとしか言えません。

 南京事件というのは、東京裁判におけるパル判事の判決文に書かれているように、南京占領後かなり長期間にわたって続いています。

  • 南京における日本兵の行動は凶暴であり、かつベイツ博士が証言したように、残虐はほとんど三週間にわたって惨烈なものであり、合計六週間にわたって、続いて深刻であったことは疑いない。事態に顕著な改善が見えたのは、ようやく二月六日あるいは七日すぎてからである。

  • (東京裁判研究会 「共同研究 パル判決書」講談社学術文庫 P600)


 3週間から6週間の期間があれば、「銃や銃剣」でも十分可能でしょう。

 付記
 また、南京の国際安全区委員会委員長であった、ジョン(ドイツ人ですから「ヨハン」と読むのが正しいとは思うのですが、慣例に従っておきます)・ラーベは、1938年1月17日の日記に、安全区にいる難民の数が25万人に達した旨を記録しています。
 また、ドイツ帰国後、1938年6月8日にヒトラーへ提出した上申書にも、安全区の難民の数が25万に達したことを記載しています。

 (ジョン・ラーベ「南京の真実」講談社文庫 P216,342)

 従って、「南京には当時20万人しかいなかった。」という主張も誤りです。


 注:「付記」は「太平洋戦争の基礎知識4」には含まれていません。


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