GNP(国民総生産)を計算する「国民所得統計」という概念が日本に入ってきたのは戦後のことです。

「国民所得統計 こくみんしょとくとうけい
(中略)わが国では、
第二次世界大戦後の一九四六年(昭和二一)に、連合国最高司令部(GHQ)の作成勧告を受けてから本格的な国民所得統計の整備作業が行われるようになり、五三年発表の「昭和二六年度国民所得報告」以来、毎年作成(閣議報告)されるようになった(それ以前の年次および戦前のある期間についても部分的な試算ないし推計は行われている)」
「日本大百科全書」(小学館)

 つまり、
日本には1952年以前のGNP(国民総生産)はないのです。
 当然、
明治時代のGNP(国民総生産)などというものもありません。あるのは、単なる推計です。
 推計に基づいて算出されたGNP(国民総生産)を基礎にした比較が無意味だとは言いませんが、それはあくまで参考にしかなりません。
 ましてや、
統計誤差の内に入ってしまうような、1パーセントにもならない些細な違いだけを根拠に、「明治時代が「富国強兵」の時代であり、軍事大国をめざした時代であったというイメージは、本当は間違いなのです。」などと主張するのは、余りにも根拠薄弱です。

 明治は本当に「富国強兵」の時代では無かったのでしょうか?

 別掲のグラフにちょっと目を通して下さい。これは、1867年から1989年までの122年間における国家歳出に対する軍事費(戦前)と防衛関係費(戦後)の割合を示しているグラフです。

 明治は1867年に始まり1912年に終わります。この期間と、戦後の1946年から1989年までの期間を見比べてください。
 「戦後の平和憲法下の時代よりも、明治時代の軍事費の比重が小さい。」という意見が如何に誤っているか、また、明治が如何に「富国強兵」の時代であったかが一目瞭然だと思います。

 


ブラウザーの「戻る」機能を使って戻ってください。