「日露陸戦新史」によれば、
- 當時敵のウラジウォストック艦隊は、七月二十一日津軽海峡を通過し、太平洋に出て所在に暴威を逞うしつゝ、七月二十四五日頃、伊豆沖を西に走り我が航運大に不安に襲はれたるも、我が艦隊はこれに力を割くの餘裕なく、この情況よりするも、旅順を速かに攻略し同地の敵艦隊を覆滅すること、愈々急なるを要するに至れり。
- 「日露陸戦新史」沼田多稼藏 岩波新書 P75
となっています。
つまり、ウラジオ艦隊が、あばれられたのは、当時日本海軍はその総力を旅順艦隊の封鎖に投入していた関係で、ウラジオ艦隊に対応する余裕が無かったためでした。
ロシア太平洋艦隊が全てウラジオストックに集結すれば、日本海軍はその全力をウラジオストックに向けることができるようになりますから、ウラジオストックを封鎖することも可能になります。
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