日本軍が、中国から撤兵できるのであれば、そもそも、戦争になりません。
 日米交渉における争点は、三国同盟と、中国からの撤兵問題でした。陸軍は、中国からの撤兵を認めようとはしませんでした。
 近衛内閣当時、東条陸相は閣議において「撤兵問題は心臓であり、譲ることは出来ない。」と強硬に主張しています。(戦史叢書 大東亜戦争開戦経緯<5> P143)
 この結果、日米交渉に息詰まった近衛内閣は総辞職し、東条内閣が成立します。
 東条内閣においても、基本的に陸軍の姿勢は引き継がれますが、東郷外相の強硬な主張で、ようやく駐兵期間を25年とするという妥協が成立します。(戦史叢書 大東亜戦争開戦経緯<5> P221)
 これが、日本の考えた「最大限の譲歩」であり、撤兵の限界でした。


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