イギリス海軍のタラント軍港奇襲は、1940年11月11日23時、つまり、夜間に行われております。
 これに対して、真珠湾奇襲は、それより1年以上後の1941年12月7日7時55分(現地時間)つまり、昼間に行われております。

 「夜間攻撃」の方が「昼間攻撃」より、高度な技術を要求されることは言うまでもありません。(日本海軍が、「夜間攻撃」を行うようになるのは、ずっと後のことです。)

 但し、イギリス海軍は、11機の雷撃機が、3隻の戦艦に5発の魚雷を命中(命中率:45%)させ、うち2隻を撃沈、1隻を大破させたのに止まるのに対し、日本海軍は、40機の雷撃機が、5隻の戦艦(米側記録、日本側記録では4隻)、1隻の標的鑑、2隻の軽巡(米側記録、日本側記録では1隻)に36発の魚雷を命中(命中率:90%、日本側記録)させ、5隻の戦艦、1隻の標的鑑を撃沈、2隻の軽巡を損傷させています。

 第2次世界大戦欧州戦史シリーズ「北アフリカ戦線」学習研究社 P171
 防衛庁防衛研究所戦史室「戦史叢書 ハワイ作戦」(朝雲新聞社)P387、643


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