中村氏は触れていませんが、「泡沫の三十五年 外交秘史」の中で、来栖大使は、
「この無著名の書面の内容は、丁度前日に受取つた、政府の乙案説明方に關する訓電の、最後の項目をそのまゝ書面にしたものに過ぎない」
 と続けています。(前掲書 P101)

 これは、11月20日に、東郷大臣から野村大使へ送られた電報第800号(乙案説明ノ件)のことで、該当部分は
「七、第二項末段米国ノ欧州戰参入ノ場合ノ我方態度ヲ「自主的ニ行フコト」ノ説明トシテ右場合攻撃アリタリヤ否ヤニ關シテハ帝國カ三国條約ニ於ル他締結國ノ解釋セラルルコトナク解釋シ得ルモノナルコト及三国條約中ニハ何等ノ秘密協定モ存在シ居ラサルコトヲ明カニセヲレ差支ナシ」
  (「日米交渉資料」外務省編纂 原書房 P469)

 つまり、来栖大使の提案は、あくまでも日本政府からの訓令に基づいているわけです。

 日本政府の三国同盟に関する方針は、連絡会議で決定された甲案にある
「三国條約ノ解釋及履行間題
 我方ニ於テ自衛權ノ解釋ヲ濫リニ擴大スル意圖ナキコトヲ更ニ明瞭ニスルト共ニ三国條約ノ解釋及履行ニ關シテハ從來屡々説明セル如ク帝國政府ノ自ラ決定スル所ニ依リテ行動スル次第ニシテ此點ハ既ニ米国側ノ了承ヲ得タルモノナリト思考スル旨ヲ以テ應酬ス」
 だけですから、日本政府からの訓令に基づいている以上、来栖大使の提案も、結局のところ甲案にほかならないわけです。

 さて、こう述べると、来栖大使の回想でも、電報800号でも、これは「乙案」の説明となっているではないかという疑問を持たれると思います。
 しかし、実際には、これは「甲案」の説明に他なりません。

 まず、日本政府は、往電780号において修正乙案を送ったことが、11月24日付けの往電799号(乙案ニ基ク交渉振ノ件)に記載されています。

 この往電780号そのものは残っていませんが、往電799号(乙案ニ基ク交渉振ノ件)に
「往電第七八○號中ヨリ6(通商無差別)及7(三国條約)ヲ削除シ」
 とあること、また、修正前のもともと乙案の(備考)の二に
「必要ニ應シテハ往電第七二六號甲案中ニ包含セラルル通商無差別待遇ニ關スル規定及三国條約ノ解釋及履行ニ關スル規定ヲ追加挿入スルモノトス」
 とあること、更に、上述のように、日本政府の三国同盟に関する方針は、連絡会議で決定された甲案 しかないこと。

 以上3点から、修正乙案には、甲案の三国條約に関する条文が含まれていたと思われます。

 従って、来栖大使の提案は、結局のところ甲案に基づいていることになります。

 そして、甲案は、三国同盟の死文化をもたらすようなものではありません。その根拠は以下の通りです。
  1.  対米交渉要領(甲案乙案)を決めた「帝国国策遂行要領」では、同時に「独伊トノ提携強化ヲ図ル」と決められています。
     従って、日本が、甲案において、三国同盟の死文化をもたらすような提案することは、あり得ません。

  2.  「甲案」の三国同盟に関する「米国の対独参戦についての解釈は日本が自主的に行う」という主張は、甲案の条文にも書いてあるように日本が日米交渉において従来から主張している内容の繰り返しであって、何ら新たな提案ではありません。(東郷外相の手記にもその旨が明記されています。)
     ハルもまた、その手記のなかで、そのように書いています。

  3.  条約の解釈を自主的に行うのは当たり前の話で、条約の解釈を自主的に行ったからといって、条約は死文化したりはしません。
     その程度のことで、三国同盟が死文化するのなら、独ソ開戦時、日本が、ドイツの対ソ参戦要請を断って、中立を維持した時点で三国同盟は崩壊しています。

 上記の理由から、アメリカが来栖大使の書簡を公開すれば三国同盟は死文したという中村氏の主張は誤りであると言わざるを得ません。


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