「戦争論」小林よしのり 幻冬社


 第3章 若者のためにスケールのデカイ日本の戦争の説明

「だったらおまえが、その当時〔1930年代〕の人間だったら、何かできたのか?
その当時に生まれ、その当時の状況の中で、おまえがリーダーだったら戦争を避けて、アメリカ帝国主義やソ連・支那の共産主義から日本を守る策が出せたのか?
「出せた」といっても全く無意味だ。人は時代の条件と気分の中にしか存在しない。
時代の必然性を無視して、「失敗しやがって」といえるものこそが無責任で信用ならない連中なのだ。

 P33
(句読点は引用者が補った。また〔 〕内も引用者が補った。以下全て同様)


 当時の軍部は「犯罪」をするために戦争を始めたわけではない。
 欧米列強の、東アジアの植民地化におびえながら、経済封鎖され、石油禁輸され、ハルノートで誇りを傷つけられ、日本の自存自営のため、「政策」の延長として、戦争という策をとったのだ。

 P34


 八紘一宇というのは「天皇の下で全ての民族は平等」ということだが、この政治的主張は単なるフィクションではなかった!じつはかなり本気の主張であることが証明されてきているのだ。
 第二次大戦で日本はドイツと同盟国だった。ドイツは「日本もユダヤ人を排斥しろ」と再三圧力をかけてきたが、日本政府は「全面的にユダヤ人を排斥するのは八紘一宇の国是にそぐわない」とはねつけたのである。
 民族差別をしないという八紘一宇の主張を日本は貫いていた!
 ドイツから逃げるユダヤ人難民は日本の通過ビザを取得し、敦賀に上陸し、神戸から上海に向かった人が多かったらしい。
 6000人のユダヤ人にビザをあたえて逃亡を助けた日本人外交官杉原千畝は有名だが、もともと彼の行動は日本の「八紘一宇」の政治的主張のもとにやっていたわけだ。

 P35
 反日マスコミは産経の報道を否定しようと「杉原千畝は個人の決断でビザを書いた」という従来の説を流すが、ユダヤ人差別はしないとの政府公文書「猶太人対策要綱」が存在し、当時の電文にも外務省が杉原に反対した形跡はない。
 P38


 また、杉原以外にも関東軍・樋口季一郎少将と安江仙江大佐も『日本はドイツの属国にあらず』と2万人のユダヤ人を救っている。
 P38、これに関連して

 そこに満州があったから、2万人のユダヤ人を救えたのだ。
 P310


 第4章 東京裁判洗脳されっ子の個人主義

 東京裁判で捏造された日本の犯罪の一つが南京虐殺である。
 アメリカが原爆で虐殺した広島・長崎の一般市民30万人と釣り合うくらいの日本人の戦争犯罪が欲しかったのだろう。

 P44


 30万人大虐殺というが、南京には当時20万人しかいなかった。
 30万人殺すのは原爆を2個落とさなければならない。とても、日本軍の銃や銃剣ではムリ。

 P45


 南京の安全区に2万人の国民党軍のゲリラが入り込み日本兵に化けて、略奪・強姦・放火を繰り返し、これをすべて日本軍の仕業に見せかけていた。
 P45



 外国人ジャーナリスト、日本の新聞記者も、そこ〔南京〕にいっぱいいたのにだれも虐殺など見ていない。
 P45




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