小室 (中略)
「もし」をいちばん適用したいのは、勿論、ミッドウェーなのですが。
その「もし」も、「もしあの五分」程度の「もし」でもいいのですが。あのとき、もし、日本機の電装転換が五分早くて、米軍の急降下爆撃機が殺到したときすでに飛び上っていたら。日本はミッドウェー海戦に勝ち、戦局の推移はずいぶん違ったものとなっていたことでしょう。
(中略)
昭和十七年(一九四二)六月四日(日本時間五日)、十時二十四分、日本の攻撃隊は発進を開始しました。先頭の戦闘機は飛行甲板を走りはじめました。ちょうどそのとき、アメリカの急降下爆撃機がおそってきたのでした。運命が日本を見棄てたとしか言いようがありません。
このとき、四隻の航空母艦の飛行甲板には、ずらりと雷撃機、爆撃機が、電装、爆装をしてエンジンをとどろかせて並んでいたのでした!
米急降下爆撃機の爆弾は、日本機が電装、爆装していた魚雷、爆弾のものすごい誘爆をひきおこし、これが生命取りになったのでした。そうでなければ、大型航空母艦ともあろうものが、急降下爆撃ていどの攻撃で、そうやすやすと沈みはしないものなのです。
多くの日本人が、大好きな「イフ」を投入するのは、このときです。
もし、米急降下爆撃機の到着が、もう五分おそかったら。あるいは、もし、日本機の発進がもう五分早かったら。
この「イフ」が成立していれば、大東亜戦争の帰趨は、すっかり違ったものとなっていたでしょう。世界史の進行方向もまた。
(中略)
ミッドウェーの敗戦は、僅か「五分」の差で、アメリカの急降下爆撃機が日本機動部隊主力におそいかかってきたことによるものです。
(P44〜P59)
アメリカ海軍は、とくに戦史を重視し、よく研究していることで名誉を得ています。これに対し、日本人は、戦史を全く研究しないことで有名。いやとんでもない。悪名だかいのです。ここまで言われても、一言の反論の余地もありますまい。
(P53)
なお、日本軍はこの戦いで出た七万人以上の米比軍捕虜を、炎天下、長距離徒歩で移動させたが、これは、いわゆる「バターン・死の行進」としてアメリカ軍の宣伝に使われた。宣伝した手前もあって、マッカーサーは関係者を戦後、戦争犯罪として厳しく断罪した。
(P68)
日下(中略)日本が欲しいのは石油だけであって、戦争目的は石油だと、それをもっともっとアメリカに周知徹底させるべきでしたね。
(中略)
小室 最低限アメリカの首脳に対してだけでも、「石油を寄越すんだったら、いつでも戦争をやめるぞ」と。
それから、日本の最初の戦争目的というのは満州(現在の中国東北部)の権益だから、「満州国さえくれるんだったら、中国からの撤兵もするぞ」と。そう言っていれば良かったんですね。そうしたら、戦争にボロ勝ちに勝ったところで講和できましたよ。当時の日本の経済力はあまりにも弱かったですから、中国全土を占領したってどうにも昏ない。だから、そこで政治家さえいれば、勝ち過ぎるということもチャンスになりえた。
(P67〜P68)
日下 その通りですね。ところで、それを実行するためには、日ソ中立条約を結ぶべきじゃなかった。あれも三国同盟と同じで、要らないものを結んじゃった。あの条約の内容を教えていただけますか。あれは不可侵条約ですか?
小室−いや、中立条約です。
日下 だとしたら、相手と第三国との戦争に中立を守るということで、日ソ間では戦ってもいいんでしよう?
小室 それはいけない。ただ、まったく余地がないわけではなくて、あれを活用する方法はあったんです。あの条約は、適用範囲が極東だけなんです。
だから、ここからは一つの仮定ですけれども、南雲機動部隊が真珠湾攻撃をやってから南方に行った時には、イギリス東洋艦隊は壊滅状態だったでしょう。だから、あそこで腰を落ちつけてイギリス東洋艦隊を全滅させる。そして、日本軍の一部をドイツ軍の助太刀にやるんです。
(中略)
日下 いいけど、その時の条約上の根拠は何ですか?
小室 日ソ中立条約は極東以外では適用されないから、条約違反にならない。
日下 極東でも戦ってもいいんでしょう? だって、中立というのはお互いの戦争にはソッポを向くという意味で、助けるという意味はない。
小室 相手を助けるという意味は全然ない。横を向いていればいいんですけれども、ただ、相手を攻撃してはいけない。
日下 そこまで書いでありますか?
小室 書いてはないけれども、不可侵条約の場合はいかなる場合でも日ソが互いを攻撃してはいけない。ところが、中立条約というのは限定条約ですから、極東でやってはいけないけれども、中近東までは及んでいない。だから、中近東ならやっていいんです。
(P162〜165)
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