皇  帝

 

                   *作者* 夜鬼

 

 あの城には、皇帝が住んでいる。

 誰もがそう語っていた。

 孤独と、不安と、憂愁と。

 そんなものに追い詰められた、皇帝が住んでいる。

 そのような話がかわされていた。

「私は孤独だ……」

 棺の中で、皇帝は眠っていた。

 眠りながら嘆いていた。

 城は荒れ放題で、ところどころカビくさい臭いが漂っていた。

 もう何年も、訪れる人もなく。

 皇帝は孤独だった。

 

 

「ハハハハハ。今日の戦利品だ!」

 極悪人・ストールが仲間を連れて森の中を練り歩いていた。

 ストールたちは、縄でぐるぐる巻きにされた一人の少女を連れていた。

 少女の顔は蒼ざめ、目は絶望に満ちていた。

 ストールの率いる盗賊団に村が襲われ、両親を殺された少女は、ストールたちの戦利品として運ばれていく途中なのであった。

 少女以外の村人は、全て殺されていた。

 これから自分のたどる運命を思うと、少女はいっそのこと殺された方がマシであるとさえ思った。

「ハハハハハ! 誰も俺たちに勝てはしない。俺たちは、かつて騎士だった。戦場で、華々しく活躍した。俺たちの武術は、天下一であって、誰にも敗れはしない。特にこの槍……」

 ストールは、漆黒の槍を取り出し、大事そうにぬぐいあげた。

「この、暗黒時代の吸血鬼の王が使っていたという、血塗られた呪いの槍を使っている限り、この俺が負けることはない。この槍は、意志を持っているかのように、血を求めて自分から相手の胸に飛びかかってゆくのだから」

 ストールはたからかに笑い、戦利品である少女の胸をわしづかみにした。

「くっ……」

 少女の口から、苦痛のうめき声がもれる。

「ハッ、いい声だ。あそこに、誰も住んでいなさそうな古い城がある。今夜はあそこで、お前をたっぷり可愛がってやるとしよう……ハハハハハ!」

 ストールは、とても愉しそうに笑った。

「うっ、うう……」

 少女の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。

 あまりにも悲惨な自己の運命に、憐憫を覚えたがゆえに。

 

 

 ……おや?

 誰か、きたのか?

 声が、する……。

 

 

 皇帝は、目を覚ました。

 孤独が消えそうな予感に、胸ときめかせながら。

 

 

「ハハハハハ! おもしれえや」

 男たちは笑いながら、城の中で、裸にされた少女を眺めていた。

「あっ、ああ!」

 男たちの手にした松明の火に身体を焼かれて、少女は悲鳴ばかりあげていた。

「ゆ、愉快すぎるぜ……」

 ストールは目から涙をふいて笑い転げていた。

「これが終わったら、次はこれをやろうぜ」

 とげだらけの金属の球をとりだして、ストールの仲間が言った。

「アルジェ、お前は本当にそれが好きだな」

「こいつは特になぶり甲斐がありそうだしさ」

 アルジェは残酷な笑みを浮かべた。

 

 

「きみたちは……?」

 皇帝の声に、ストールたちは振り向いた。

「うん……? 貴族、か……? この城に、住んでいるのか? しかし、ずいぶん古い格好だな」

 ストールは首をかしげた。

「この城に、客人は久しぶりだ。ゆっくりしていってくれたまえ……その、少女は?」

 皇帝は、火傷を負った少女の姿に目をとめて言った。

「うん? ああ、俺たちの……まあ、おもちゃってところか。けど、いいものだよ。後で売れば金になるし、な。お前もやるか?」

 アルジェは、金属の球を皇帝にさしだして言った。

「モーニングスター? それで拷問を?」

「いや、拷問じゃなくて、これでなぶって遊ぶのさ。こういう風にな……」

 アルジェはニヤニヤ笑いながら、少女に向かってモーニングスターを振りあげた。

「あっ、ああ……た、助けて! お願いです。助けて下さい!」

 少女は泣きじゃくりながら後じさった。

 その目が、必死の思いで皇帝に向けられた。

「助けて下さい……どうか……」

 皇帝は無言のまま、少女をみつめている。

「ほーら、痛いよー」

 アルジェは、ブーンとモーニングスターを振り降ろした。

 

 ボキッ

 

 何かの折れる音がした。

「あっ、ああ……」

 アルジェは、自分の目が信じられなかった。

 自分の手首がつかまれ、あるべきでない方向にねじ曲げられていたのである。

 

 ボコッ

 

 アルジェの手首をつかんだ皇帝の頭部に、モーニングスターの鉄球がめりこんだ。

 砕かれた皇帝の頭部からと、肉の破片が飛び散る。

「あ、あがああ」

 ねじ曲げられた手首の骨から激痛がはしり、アルジェは悲鳴をあげた。

「確かに、これは痛いの、か、な……」

 皇帝は、自らの頭部にめりこんだ鉄球をとりのぞくと、床に投げ捨てた。

「お、お前は……いったい……」

 驚愕に目を見開いたストールが、うめくようにたずねる。

「私は、アルール・ストレンティ。この城の主だ。客人は客人同士、仲良くして欲しい。私の城で、手荒なことは許さない」

 飛び散った肉の破片を拾い集めて自らの頭部にはめこみながら、皇帝は言った。

「ほ、ほざけ、バ、バケモノが……う、うわあ!」

 ストールは漆黒の槍を皇帝の胸に突き刺した。

「ど、どうだ……この槍の……うん?」

 ストールの目が、再び驚きに見開かれる。

「これは……何かと思えば、私の昔使っていた槍ではないか。どこにいったかと思えば……まさか、こんなところで再会できようとは」

 皇帝は、自らの胸に刺さっている槍を涼しい顔で引き抜いてみせたのである。

「この槍が、哭いている……血が欲しいと……きみたちの……」

 皇帝の手の中で、漆黒の槍が不気味な光を放ち、くねくねとうごめき始めた。

 槍に、自分の知らない隠された力がまだまだあったのだということを、ストールは知った。

 そして……逃げなければならないということも、彼の脳裏に浮かんでいた。

「う、うわあ!」

 だが、ストールの仲間たちの方が彼より先に逃げ出していた。

「いかないでくれたまえ。私も淋しいのだから」

 皇帝は飛び上がって宙を駆けると、逃げる男たちの先にまわりこんだ。

「く、くそう!」

 男たちは剣を抜くと、次々に皇帝に切りかかっていった。

 皇帝の身体が独楽のように舞い始め、漆黒の槍が男たちの胸に伸びていった。

 悲鳴があがり、次々に血が吹きあがる。

「みんな、逝ってしまったか……この槍にも、困ったものだ」

 皇帝はひとりごちながらストールに歩み寄った。

 皇帝の衣装には、返り血が大量についている。

 その、返り血の臭いが、城内にムンムンと漂い、ストールの鼻をおかしくさせた。

「教えて欲しい。きみは、盗賊だろう? なぜ、むやみに人のいのちを奪う?」

「ふ、ふざけるな。お前だって……」

 ストールは口を開きながら相手の隙をうかがった。

「この子の両親も、お前が殺したのか? 家を焼いて……そんなことをして、愉しいのか?」

「お、お前こそ、こんな古ぼけた、廃虚みてえな城に暮らしてて、愉しいのかよ!」

 ストールはかみつかんばかりの勢いで、皇帝の喉を短剣で切り裂こうとした。

 

 ぐいーん

 

 漆黒の槍が敏感に反応し、ストールの胸に突き刺さる。

「あっ、あっ……」

「きみも、ひどいことを言う……」

 皇帝の眉間に、深い憂愁が刻まれていた。

「ああっ、ぐっ、これが、俺の、最期……」

 ストールの血が、石づくりの床にしたたった。

 血だまりの中に、肢体がくずおれる。

「さようならだ」

 皇帝は、ストールの屍体に呟いた。

 

 

「あっ、ああ……」

 城の中に二人きりとなったとき、少女はむせかえる血の臭いに鼻をおさえながら、どうすればよいのかわからないといった顔で壁に背をもたせた。

 輝きをなくした漆黒の槍を手でもてあそびながら、皇帝は無言のまま少女をみつめていた。

 やがて。

「服を着たまえ」

 皇帝はそれだけ言って、背を向けた。

「あなたは……ここで何を……」

「さあ……きみのあずかり知るところではない、な」

 服を着終わった少女に、皇帝は向き直った。

「ど、どうして、私を……」

「別に。理由なんて、どうでもいい。助けたいから、助けた。それだけだ……」

 皇帝は、じっと少女をみつめた。

「きみの、名は?」

「ソアラ……」

「そうか……その、ここで出逢ったのも何かの縁だから、その、きみの、血を……」

 皇帝が気がつくと、少女は城から逃げ出そうとするところだった。

「どうした? きみは私を怖がっているのか?」

 皇帝は少女の背に声を投げた。

「ち、違います……」

「では、なぜ行く?」

「両親を墓に葬ってあげたくて……後でまた、助けてくれた御礼を言いに戻ってきます。すみません……」

 少女は必死で謝りながら駆け出していった。

「そうか……では、ソアラという少女がこの城にきたということだけ、私の胸に刻んでおこう……さようなら」

 皇帝の言葉が、古い城の中に虚しく響き渡った。

 

 

「いってしまった……か」

 皇帝は、棺の中に再び横たわった。

「どうせ……もう来ない。また……一人だ……」

 皇帝は、再び眠りについたのである。

 

 

 どうせ……もう来ない……。

 

 

 その後、城から逃げ出したソアラは、ある村で暮らすようになり、結婚して、子をもうけ、その子もまた結婚して子をもうけ……。

 老婆になったソアラは、孫たちに囲まれながら、最期のときを迎えた。

「お婆さん、何か、思い残すことはないかい?」

 青年の孫たちは、神妙にたずねた。

「別に……ただ、あの城の……あの人に逢って、伝えて欲しい……あのときは、正直いって怖くて、逃げ出したんだけど、あのとき助けてもらったことは本当に感謝していると……でなければあなたたちも生まれることはなかったのだから……」

「城……?」

 孫たちのたずねる声も、老婆となったソアラには届いていないようだった。

「あの後……何度も城に行こうと思ったけど、やっぱり怖くて、行けなかった……ごめんなさい……」

 老婆はひとりごとのように呟きながら、息を引き取ったということである。

 

 

 その後、ソアラの孫たちは一念発起して、祖母の言っていたような『城』を探し求めたが、どこを探してもそのような城は全くみあたらず、ついに捜索をうちきったということである。

 

 

※この話は、ムール地方に伝わる『突然いなくなった大盗賊ストール』と、『皇帝に救われた少女ソアラ』と、ふたつの伝承をもとに作成した。