王都ストラディウムかく戦えり(大旗戦争より)


 大旗戦争中の王都ストラディウムを巡る攻防については、後に編集された資料には様々な混乱が見られるが、その中から第16軍においてこの戦争を戦った参謀官、メルルク=バニシスの資料を中心に再構成してみた。
 ここで、彼は城壁の分類に防備範囲によるものを用いているため、地図ではその各々を、緑:第1城壁、青:第2城壁、赤:第3城壁、紫:第4城壁、黄:第5城壁とし、また交戦領域を灰色、ストラディウム軍支配領域を白、デュラ軍支配領域を黒で表した。
 また、王都ストラディウムについては地図資料がきわめて乏しく、その版によっても著しく様子が異なる。そのため2000年代のものであると確認されている地図を元に戦況を示してあるが、一部の記述との整合性を欠く場合があることを記しておく。


2115年赤黄月30日〜赤月6日

近衛軍の首都撤収に引き続き、ストラディウム市がデゥクゼ・バイアー元帥率いるデュラ軍に包囲される。
市の周辺および、城外区の一部で散発的な戦闘。後にデュラ軍が第1城壁まで到達。城外区の城壁外の民家、農地が蹂躙される。



2115年赤月7日〜紫赤月13日

赤月7日、デュラ軍、兵力120,000余で第1次総攻撃を行うも、同日夕刻までに撃退。
ストラディウム軍側守備兵24,000余。
これより主戦場は北城外区の第1城壁をめぐっての戦いが主となる。
東城外区の城壁内にデュラ軍侵入。



2115年紫赤月14日〜紫月7日

紫赤月14日、デュラ軍の第3次総攻撃で、第1城壁失陥。守備兵約3,000人、市民約30,000人死亡。
北側以外の城外区、失陥、東、南城外区の各砦にてデュラ軍との交戦、ほぼ壊滅状態で砦を放棄。
デュラ軍の主力は北区北側の大路の開く城壁を避け、西区北西側の城壁に集中。投石器による攻撃激化。



2115年紫月8日〜青紫月14日

紫月8日、もっとも防備の固い北区北側の第2城壁が突然崩壊。なんらかの魔法的な手段を懸念。
引き続きデュラ軍の第6次総攻撃により、ストラディウム軍北側城外区から撤退。
第3城壁を巡る戦い。北地区に取り残された少年兵1,000名、縦隊突撃の後壊滅。
北区の砦をめぐる戦闘の激化。



2115年青紫月14日〜青紫月28日

青紫月14日、デュラ軍の第10次総攻撃で第3城壁の一部が陥落。西区、東区への敵兵の侵入。
青紫月16日、ベミオク元帥率いる西方総軍、ドリア会戦に勝利。
北区の砦の守備隊、激烈な戦闘の末、全滅。
青紫月20日、ドゥクゼ元帥、死闇を伴った第4城壁への第11次総攻撃。南方からの艦隊の騎士の援軍により妖魔を撃退。
青紫月23日、西方総軍、シグリタルトでファイウェノール軍を撃破。
青紫月25日、ラムッド海峡海戦に勝利。制海権を奪還
青紫月28日、西方総軍、エドナ河畔でデイヴァルグーゼ軍を撃破。首都に迫る。
西区に対して地形的に中区と川からの挟撃が可能な東区南側への敵兵の侵入は比較的緩やかであったため、首都攻防戦を通じて東港の確保が可能であった。



2115年青紫月29日昼〜青紫月29日夕

青紫月29日正午、第12次総攻撃。
デュルヴィバイゼ、親衛黒龍騎兵軍団による第4城壁の突破。大路を直進し、『人間族の大門』に至る。中区へのデュラ軍の侵入と、それによる守備隊の寸断。引き続いて南区へデュラ軍侵入。
オスレヴェーグ公王、『人間族の大門』を開いて出撃を決定。王宮外の各地で市街戦が続く。
夕前頃、公王宮鳳楼炎上。炎の大旗が翻り、デュルヴィバウゼ、黒龍騎兵姿を消す。
デュラ軍の大壊走と近衛軍の追撃。デゥクゼ・バイアー元帥戦死。攻囲軍の大半は西方総軍との挟撃により、アンデリン川で壊滅。
ストラディウムの包囲が解かれ、首都を巡る戦い終結。