王都ストラディウム
ストラディウム王国総人口3000万の内、首都人口は50万〜100万余り。
人口に幅があるのは、市域をどこまで設定するかと、昼間人口と夜間人口に差があるためである。
運河によって隔てられた五つの地区と、それを取り囲む五重の城壁、数百の塔をもつ。
城壁
王都ストラディウムは多層構造を持つ城壁で囲まれた市街と、流入する人口のため拡張しつつある城外区とからなる。南西諸島再発見以来の経済力強化に伴う急速な人口増加に対応するため、城壁外にも広く住宅地や農地が広がっている。
城壁は5層(第1層緑、第2層青、第3層赤、第4層紫、第5層黄色)。さらに王宮の外宮、内宮の城壁を数えると7層となる。
また、ここに記したのは防備範囲による分類であるが、旧来の市街分類に合わせて、港湾地域、商工業地域、住宅地域、学芸地域、王宮地域(それぞれ東北西南中の各地区)を取り囲む城壁を1〜5層と呼ぶ例もあり、さらに城外区の城壁を1層、北、西地区を囲む城壁を2層、東、南地区を囲む城壁を3層、中地区を囲む城壁を4層、王宮を囲む城壁を5層と呼んでいる例も見受けられる。いずれにせよ、市民にとっては『城壁』でひとくくりされることが多い。
運河によって隔てられた街区をもち、さらにその運河の規模が幅100mに至る場所も珍しくないこの都市において、運河側の防備も無視できるものではなく、よって城壁の多層構造が一層進んだと考えられている。
それぞれの城壁は古の守護の魔法で強化されており、ストラディウム本島の大地全てがその支えとなっていると主張する者もいる。
最外層の城壁は拡張する住宅には対応できておらず、ストラミスルと運河に囲まれていない北側に古くから作られた堅固な城壁と、城外の駐屯地の城壁を除いては十分に機能していない。
大路
人間族の大門から一直線に最外層の城壁まで伸びる。この道の整備に関しては、都市計画の見直しを含め当時の国家中枢で激論が交わされたとされる。ストラディウムの城塞都市としての性格と、首都、大商業都市としての性格との間に大きな葛藤があったからである。
結局、大路はストラディウムの中心街として造られたが、防備を固めるために、この街路に面する建物は全て守備施設に転用できるよう石造とされ、増改築の制限、街路側の窓の大きさや壁の最低厚みまで規定されている。
しかしながら大規模な攻囲戦が行われた場合、もっとも脆弱な部分であり、いまだこの決定に疑問を投げかけるものも少なくない。
河川、港湾
古くから城壁を発達させてきた王都ストラディウムは、他の都市のように川の流れの変化に対応するのが困難となっている。また運河工事以来の伝統的な土木技術にささえられ、運河の水門の調整などでストラミスルの流れ自体をある程度制御することができる。このため旧来からの城壁で囲まれた市域の変化はほとんど見られず、城壁内の構造は数百年来大きな変化を見せていない。
ここで問題となるのが、ストラミスルの土砂の浚渫である。大河ストラミスルは、膨大な量の土砂をストラディウム山脈から運んでくる。王都周辺に堆積するのはこの土砂のごく一部であるが、これを定期的に浚渫することは街の維持管理のために必須の工事である。この工事は失業対策公共事業の側面も持ち、変動する労働人口の調整に用いられ、さらに魔法の力すら応用しながら、伝統的に継続して行われてきた。また港湾には簡易な防御施設を兼ねた防砂壁が構築され、港湾内の土砂の堆積を防いでいる。
地下下水道
ストラディウムの地下には、グンドが監視の目を逃れて王宮から抜け出た地下道の伝説や、大戦中の陥落時に全市民が脱出した筈だが誰も場所を知らない地下道の伝説などがある。
ストラディウムの第3次下水工事の完成は500年頃。
大路を除く大通りに比較的よく対応した主管からなる地下下水網があるが、枝道が縦横に走り通行不能な場所も多い。一部には多層構造をもつと言う風説すらある。この場所については主たる主管官庁が軍であり、資料等の閲覧も極めて困難で、なんらかの意図の元に制限された特殊な領域であるとも考えられる。
街の下水は、数百年間浚渫したことがないと言われている