建物外観。
金沢港の西岸北端あたりに位置する大野町の北東にある博物館。
幕末期に大野に住み、「からくり師弁吉」と呼ばれた大野弁吉に因んだ記念館。
弁吉の作ったからくり人形や工芸品以外にも、代表的なからくり人形、指南車、エレキテルなどを展示している。
また、各種の動く玩具やパズルなどが、実際に体験できるようになっているので、子供連れでも楽しめる。
ただ、残念なことにこの博物館はアクセスがやや不便。
金沢駅から6〜7km、バスで30分程度と車で行くにはよいのだが、直行バスは1時間に1本あるかないか。
大野行きバス、大野港行きバスなどを利用すると、終点から10〜15分程度で歩いて行けるので、1時間毎位には移動できる。
いずれにしても、バス停がわかりにくいのと、帰りのバスの時間など調べておきたいので、駅のインフォーメーションなどで確認しておくと安心。
さらに、展示の内容は楽しいが、内部機構の説明などが乏しいのがやや残念。このあたりは学芸員の方々に頑張って欲しい。
記里鼓車と指南車。
日本のからくりの基礎となったのは中国由来の技術である。
記里鼓車は、1里(約400〜500m)毎に鼓を鳴らす車。しくみは自動車のトリップメーターと同じ。
指南車はディファレンシャルギア(差動歯車)で常に南を指す車。
中国の伝説では、道教の祖たる黄帝の軍が蚩尤と戦った際、敵の術による霧で苦しんだが、指南車を用いて方向を定め勝利したと言う。
中国の王朝では、皇帝の行列の先を記里鼓車と指南車がともに進んだという。
江戸時代の和時計。
鎖国中の日本にも、長崎の出島経由で西洋の技術が入ってくる。
中でも時計は、そのままでは日本の差時法(1日を等時分割しない)に対応しないため、季節に応じて日中と夜間で時計の進み方を変える必要があり、このための努力が日本の技術者に大きな進歩をもたらした。
この技術の応用により、江戸中期以降に数々のからくりが登場する。
角だしガブ(日高川入相花王清姫ガブ)。
1662年、武田出雲による道頓堀興業以来、人形浄瑠璃にからくりが用いられるようになった。
写真は浄瑠璃人形の頭(カシラ)のうち、特殊カシラの一つで、小猿と呼ばれる仕掛け糸を引くと口が裂け、目が金色に変わり角が出る。
仕掛はバネによるもので、当時はセミクジラの歯(通称ヒゲ)が用いられた。
茶運び人形。
代表的なからくり人形。
ヒゲぜんまい駆動。
茶碗の重みでストッパーが外れ動き出し、茶碗を取ることによって止まる。
同時に脚の部分が前後に振れる。
カムによって、一定距離進むと前輪が切れ、180度回転してから再び直進する。
1796年(寛政8年)に出版された『機巧図彙(からくりずい)』には、この茶運び人形や、下記の鼓笛児童、品玉人形などの9種類のからくりの作り方が図解されている。
鼓笛児童。
人形の腕が動いて鼓を打つ。
台付からくりと呼ばれるもので、箱の中に鼓と笛の音がでるからくりが入っている。
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品玉人形。
これも台付からくりで、人形が持つ箱を上下すると、その度に箱の中身が変わる。
仕組みは、箱の上げ下げと連動して台に現れる中身が回転している。
からくり人形のしくみ。
祇園祭や高山祭の山車などに見られる操りからくりの内部の様子。
糸や紐で操作するあやつり人形と、同じ動作を繰り返すからくりとを合わせて使っている。
機巧三番叟人形。
大野弁吉の作品。他にも「ねずみの宝運び」、「機巧舞鼓人形」、「機巧鯉の滝登り」などのからくりの展示が有る。
茶運び人形の実演。
大体1時間毎に、茶運び人形の実演をしてくれる。
説明付で楽しい。