モニュメント・記念碑。

ジョン・フロスト橋一帯には平和を祈念したモニュメントが幾つか在ります。また、注意していると随所に将兵を称える小さな標識があり、街全体が祈念碑の様な印象を受けました。

(左)橋のアーチ基部に設置されたレリーフ。
原文は、
「ON THE 17TH OF SEPTEMBER, 1944, THE 1ST BRITISH AIRBORNE DIVISION BEGAN TO LAND SOME EIGHT MILES TO THE WEST OF ARNHEM WITH THE OBJECT OF FORMING A BRIDGEHEAD NORTH OF THE LOWER RHINE.

THE 2ND BATTALION THE PARACHUTE REGIMENT FOUGHT IT'S WAY INTO ARNHEM AND OCCUPIED THE BUILDINGS WHICH COMMANDED THE SITE OF THIS BRIDGE HERE, IT WAS JOINED BY ELEMENTS OF OTHER UNITS OF THE DIVISION.

FOR THREE DAYS AND FOUR NIGHTS THE BRIDGE WAS HELD AGAINST FAR GREATER NUMBERS OF THE GERMAN 2ND SS PANZER CORPS. UNTIL, WITH ALL AMMUNITION EXPENDED, WITH FEW SURVIVORS UNWOUNDED AND ALL THE BUILDINGS DESTROYED AROUND THEM, THEY WERE FINALLY OVERWHELMED.

THE GALLANT DEFENCE OF THIS DETACHMENT, CUT OFF BY ENEMY ACTION FROM THE REMAINDER OF THE DIVISION, HAD A MARKED INFLUENCE ON THE CONDUCT OF THE CAMPAIGN IN HOLLAND, AND THE DELAY IMPOSED ON GERMAN REINFORCEMENTS MOVING SOUTH TO STEM THE ALLIED ADVANCE ENABLED THE CROSSINGS OVER THE RIVERS AT GRAVE AND NIJMEGEN TO BE FIRMLY SECURED.

TO THE MEMORY OF THE HEROES THE FIRST BRITISH AIRBORNE DIVISION, WHO BY THEIR SACRIFICE INITIATED THE LIBERATION OF THE NETHERLANDS, THE PROVINCIAL GOVERNMENT OF HELDERLAND, ON BEHALF OF THE GRATEFUL INHABITANTS OF THE PROVINCE, DEDICATES THIS MEMORIAL TABLET.」

日本語訳は、
「1944年9月17日にイギリス・第1空挺師団はライン川北方に橋頭堡を確保するためアーンエム西方8マイルの場所に降下しました。

第2大隊は戦闘を続けながらアーンエムへ進軍し、橋を見渡すこの場所のビルを占拠し、他の部隊を編成に加え司令部を設置しました。弾薬も消耗し、破壊され廃墟の中で彼等は圧倒的な兵力差のドイツ・SS第2機甲軍相手に4日に渡り抵抗し持ち堪えましたが、最後にはドイツ軍に圧倒されてしまったのです。

しかし、この孤立し絶望的な戦闘はオランダ侵攻作戦に重大な貢献をしました、それはドイツ軍の南進を阻止する事で、友軍がフラーフェやナイメーヘンで橋を奪取し渡河・前進する途を開きました。

オランダの解放の為に犠牲となった英雄イギリス・第1空挺師団の将兵達を偲んでヘルデルランド州行政府は、此処にこの記念碑を捧げます。」


(中)橋のスロープ半ばに在る、橋の名の由来を記した碑、オランダ語と英語で併記されています。
原文は、
「THIS IS THE BRIDGE FOR WHICH JOHN D.FROST FOUGHT LEADING HIS SOLDIERS PERSISTENT AND BRAVE.

IN AN ADVANCE WHERE FREEDOM WAS SOUGHT WENT A BRIDGE TOO FAR WHICH THEY TRIED TO SAVE.THE BRIDGE IS NOW WITH HIS NAME PROUDLY WROUGHT.」

日本語訳は、
「この橋は、将兵たちの先頭に立ち、不屈の闘志を以って闘ったジョン D・フロストを称えるものです。彼等はこの「遥かなる橋」で自由・解放の為に戦いました。誇り高き彼の名を冠して、この橋は建設されました。」


(右)橋のスロープの入り口はロータリーとなっていて公園があり、中央に空挺記念碑が設置されています。碑には、1944年9月17日の日付(マーケット・ガーデン作戦の開始日)が記されています。


ライン側に沿って橋から西へ50メートルに在る「遠すぎた橋 記念碑」。
映画の公開時に、改めて過去の記憶を伝承す為に建設されたそうです。周囲は緑化が行き届き、ここも公園となっていて中央には英軍の17ポンド砲が据付けられてます。(整備が完璧で実働可能と思える程です。)
当日は、退役されるオランダ軍将官の方のセレモニー催されていました。

アーンエム鉄道橋。

アーンエムのライン川に掛かる橋はもう一つ、鉄道橋がありました。トラス型の強固な橋でイギリス軍も戦術目標の一つとして重要視していたのですが、先遣隊が到達した時点でドイツ軍により爆破され、道路橋を何としても奪取しなければならなくなりました。

戦後、市街の復旧と伴に重要な交通路である鉄道橋も早い段階で再建されました。鉄道橋も道路端同様に以前のままの姿で再建され、周囲の風景も殆ど変わっていない様です。

(右)鉄道橋を渡る列車からアーンエム市街(東方向)を望んで。


(左)戦闘前の偵察写真から。「Close Combat: A Bridge Too Far」のドイツ軍キャンペーンではこの場所からシナリオが始まります、全く同一のイメージです。 (中)倒壊した橋を西側から、爆破後ドイツ軍は早々にこの場所を放棄し、守備体勢を整えたそうです。 (右)北側のトラス部分の拡大写真。