フランシスの広場  〜その7


このページは、みなさんからいただいたメッセージを中心に掲載。
平成12年6月〜12月

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 けらみさんのメッセージ、きょうやっと読みました。
 わかるううっっ、その気持ち!!! 涙出てきますよ、ホント。私も初めてイギリスの競馬場に行ったら、きっと泣けるにちがいない。
 小説の中の食べ物と同じ、っていいですねえ、その感覚。騎手の方々が足が長くてカッコいい、っていうのももう、ちょっとマジ?! じゅるっ! て感じです。おっと失礼! いかんいかん、フランシスファンたるもの、品性を高く保たねば。
 でもホントとっても良いレポートでした。まさに私の知りたいこと、見てみたい ことがとてもイキイキと伝わってきて楽しかったです。イギリスに住んでらしたなんて うらやましい限りです。またレアなレポートを発表して下さるとうれしいです!

 ところで乗馬歴半年の未熟者の私のグチをひとつ聞いてください。
 馬って人を馬鹿にするのよお〜!! 強気じゃないとゆうこと聞いてくれんのよお ぉぉ! もちろん、馬のせいではありません。スランプ(!?)な今日このごろです。  おわり

(もつこさん)00/06/11


 もつこさん、いつもご贔屓にしていただいてありがとうございます。
その馬とはウマがあわなかったんじゃあないですか。))))))))))))))))))))))*_*)
 (H.Hagiwara)00/06/13

 はじめまして。もつこさんからの紹介で、はじめて拝見しました。
 実は、もつこさんをフランシス病にしたのは、この私なのでーす。 もっと沢山の人に伝染させて、このホームページもメジャーにしたいですね。また、お邪魔させてもらいます。 それでは、お元気で!
(斑気ですさん)00/06/28


 どうも〜、掲載が遅くなってすみません。どうかジャンジャンお便りくださいませ。
 Pegasus Streetもご利用ください。
 (H.Hagiwara)00/07/08

 先日のメールが、皆さまに読んで頂けて、とてもうれしい斑気です。 フランシス氏の新刊を、まだ読破していないのでちょっと肩身が 狭いですが、今後ともよろしく。ちなみに、わたくしのペンネーム、 ムラキと読みます。それでは、また。 失礼いたしました。
(斑気ですさん)00/08/11


 ムラキさん、お便りをどうもありがとうございます。
 いつも秋に出ていたフランシスの新刊(邦訳)は、だんだん出版が早くなってきたようです。『烈風』の主人公もやっぱりフランシスの主人公ではあります。英国ではBBCの気象予報士はけっこう顔が知られているようですねえ。ハリケーンの中を小型機で飛ぶ人間ってホントに多いのかな? などと、当たり障りのないことをまずは書いときます。
 (H.Hagiwara)00/08/20

 こんにちは。久しぶりに御邪魔させてもらいました。もう覚えてないかもしれないですね(笑)
ディック・フランシスの奥様が亡くなったという話を他のHPで見て驚きました。
共同執筆者ということもそこで話しされていたので、びっくりしたのですがそうなんですか?
次作がとても気になったので、こちらにきてみました。
「興奮」を読んでから、実はまだ次に進んでいないので(今はP・コーンウェル読んでます) 読みたいと思っています。それでは。
(m_1024さん)2000年10月14日


 忘れようにも、前ページにまだちゃんと残ってますよ、m_1024さん。
 掲載が遅れてすみません。フランシス夫人の逝去については、新聞記事を転載してあります。また、所感については、Pegasus Streetのほうに、まずは記述しておきました。私としては、新聞記事にある「最新の伝記」を読んでみたい気がします。新聞記事にも、夫人は共著者を固辞したとあり、しかも「フランシスの小説は夫人がすべて書いた」という人までいるくらいですから、実際に文にしたかどうかはともかく、制作に大きな比重を占めていたのは間違いないでしょう。
 「もう書かない」というフランシスの述懐も、夫人を亡くした嘆きだけではないと思います。伝記の加筆や小作品はわかりませんが、事実、もう新しい作品は出る見込みはないでしょう。われわれにはまだ「SHATTERD」が残ってはいますが。
 (H.Hagiwara)00/10/22

 掲示板にも書かせていただきましたが、メアリ・フランシスさんのご冥福をお祈りいたします。
 共著のことですが、以前友人と話し合ったとき、結局「誰が書いていたって、いいじゃないか」という結論になりました。仮にディック・フランシスが代表者だとして、とにかくあの作品群を世に送り出してくれた、というそのことだけでも、もう大感謝!で充分でないかと思う。
 しかしホントーに正直なところをいうと、女性読者としてはやはりディック・フランシスが 一人で書いたというほうが、ロマンチックでドラマチックだなという感は否めないのですが、 メアリさんもそのへんを見越してのことだったのかもしれません。
 それに先日たまたま「侵入」「連闘」「利腕」を読み返していたのですが、もう描写のきめの細かい箇所が多々あり、中でも「こんな物の見方ができる男性が存在するなんて、作家とはいえ驚異だわ!」と思うフレーズもいくつか。
 たとえば「利腕」でシッド・ハレーが元奥さんのジェイン(だよね?)のアパートへ行ったとき、同居してる友人にコーヒーとトーストをふるまわれる場面。 バターが紙の包みのままケースに移し変えられ、紙がべとべとしている、私の家のバターそっくりだった。とかなんとか。この描写だけでものすごい生活のリアリズム、そしてさりげにシッドのジェインへの未練のような、幸福だった結婚生活への憧憬のようなものを感じさせるというか。私ゃ、これはメアリさんのアイディアだな、と思いましたよ、その時。ほかにもこれはもう絶対女性の視点としか思えない、という描写は当然ながら、たくさんあるのですが、男性の方どう思われますか?  だからもう、メアリさんでもディックさんでもどちらでもいいのだけど、フランシスの作品は何回読んでも酔いしれちゃってるのです。

(もつこさん)2000年10月26日


 私は他の小説家については全くの不案内なんですが、40年近くにわたって1年1作品ペースで出した作家なんて、他に何人いるというのでしょうか? しかも、多少の差はあるものの安定した質の高さをみても、それだけでディック・フランシスは偉大だと思います。
 デリカシーのない私には生活描写で感心したことはありませんが、反対に、競馬ファンの私にとっては、あの「馬」の描写が夫人に絶対書けるはずがありません。
 そして、言い出しっぺでなんですが、ディック・フランシスが亡くなったわけではありませんので、「絶筆」というのもあくまで憶測にすぎないことで、あまりここで感傷的すぎる記述は慎みたいと思います。
 (H.Hagiwara)00/10/27

 最近気がついたのですが、フランシスと司馬遼太郎って、主人公の書き方が似てませんか。両方とも、いつも主人公の基本的な人格が決まっていて、まるで一人の俳優がすべての役を演じているような。
(けらみさん)2000年12月19日


 けらみさん、いつもどうも!! ちょうど上に書いたとおり、私は他の小説家については全くの不案内なんで、申し訳ないのですが(^^;; みなさん、どうお思いですかあ? 司馬遼太郎作品は2〜3作読んでいるだけですので(『坂の上の雲』とか、冊数にすると多いんですけどね)、「いつも……」といわれるとアレなんですが、たしかにそんな気も、……どうなんでょ?? すみません。どなたかレスを期待しちゃいま〜す。たしかに、フランシスに限っていえば、「基本的人格」についてはそのとおりだと思います。ただ、「一人の俳優が……」というのは、どうかなあ?
 (H.Hagiwara)00/12/20


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