『出走』  Fields of 13    出走 出走

(1998年作品)


 短篇では小悪党も主人公になれるのである。主人公といっても、短篇では一人称で語られるものはない。
 心憎いばかりの展開で、読者は最後の一行まで読まねばすべてがわからない。どんでん返しも待ち受けている。
 原題は「13頭立てのレース」の意だそうで、まあ「出走」ということだ。
 掲載は次の13作品(青字は書き下ろし)。

キングダム・ヒル競馬場の略奪Raid at Kingdom Hill『ディック・フランシス読本』にも収録されていた短編。キングダム・ヒル競馬場への爆弾騒ぎから、のろまなのから機転の利くのまで、小悪党にもランクがあるという物語。その後、97年のグランドナショナルが爆弾騒ぎで中止されたのは現実の出来事。
レッド Dead on Red レッドとは騎手の名。調教師ジプシイ・ジョウに見出され、めきめき頭角を現す。ある日、飛行機嫌いの仏国人「殺し屋」に命を奪われる。依頼者は誰か?
モナに捧げる歌 Song for Mona 上流階級にはい上がるには、自分の出生までをも脚色し、母親モナを敬遠する娘。実直な母はそれでも娘が幸せならいいと思う。遠くの親戚よりも近くの他人という言葉もあるが、他人だから気が楽だという場合もあろうか。
ブライト・ホワイト・スターBright White Starサラブレッドの個体識別法に渦巻き(正式には「夜目」という)がある。どんなに毛色や顔や脚の白斑が似ていても、夜目まで同じことはちょっとない。セリでの競走馬すりかえ事件の物語。
衝突 Collision Course 若くして頭角を現した腕のいい新聞編集長だが、ある社を首になり、静養を兼ねて求職に赴いた先で屈辱的な扱いを受ける。ペンは剣よりも強し。ただし、特権をふりかざし使い方を間違えている者が多い(おっと、これはストーリーには無関係)。
悪夢Nightmare「Nightmare」は、なかなかいい原題だ。直訳すれば夜の繁殖牝馬ということだろう? なんで「悪夢」という意味があるんだろうか、ご存じの方は教えてほしい(ここではどっちの意味にもかかる)。腕利きの競走馬飼料セールスマンは、昔の仕事の相棒を探していた。そこに現れたヒッチハイカーの若者。さあ、仕事再開だ。
強襲Carrot for a Chestnutディック・フランシスの初の短編作品。チックは、些細な不満から、何者かに頼まれたニンジンを今日出走の自厩舎の馬に与えた。ただ指定された時刻より2時間遅れだったことが、「何気なく」やったことが、とんでもない災難へとつながる。
特種The Giftかつては一流の競馬記者、いまはアル中の競馬記者フレッドは、それでも今年もケンタッキイ・ダービーへとやってきた。酩酊のなかでつかんだ「特ダネ」。久々に快心の記事は書けるのか?
春の憂鬱Spring Feverミセズ・アンジェラ・ハートは騎手デリック・ロバーツにご執心。それを知った調教師クレメント・スコットはデリックにある話を持ちかける。初出のときの題は「2対1」だった。
ブラインド・チャンスBlind Chance『ディック・フランシス読本』にも収録されていた短編。これは英国でなければ成り立たないストーリー。ブックメイカーというのは、写真判定をも賭けの対象としているとは、これで初めて知った。ターフ・ヴィジョンなどが完備された日本ではいずれにしても成り立たない賭けだが、ほんの短い時間で確実に儲ける人間には21人の仲間がいる。写真判定なのに、ひょんなきっかけで盲目の少年にも儲けのチャンスが巡ってきた。
迷路 Corkscrew こんどは米国でなければ成り立たないであろうストーリー。正義が勝つとは限らない米国の訴訟社会の実態は『弁護士が怖い!』(高山正之・立川珠里亜著/文春文庫)をお勧めしたい。脱税で告発された罪なきサンディ・ナイトブリッジをめぐる災厄。
敗者ばかりの日The Day of the Losers先に同題の文庫に収録された作品。銀行強盗によって盗まれた金が、グランドナショナルに賭けられていた。賭けた馬が勝てば犯人は払い戻しに現れるだろう。警察はジョッキイ・クラブにその馬が勝つように仕組むことを要求するが、そんなことは……。あらゆる面で「敗者ばかり」なんだ、ほんとに。ここでいえることは、確定するまで馬券は捨てないこと!
波紋 Haig's Death 原題は「ヘイグの死」。あるレースでのゴール前、決勝審判委員ヘイグが突如死亡した。こんなときに限って大接戦で、肝心の判定写真は故障していた(こんなこと日本ではちょっと考えられないが)。破産間近で苦悩する馬主、リーディングを狙う調教師、ジョッキイ・クラブの睨む札付きの騎手など、一つのレースをめぐる人間模様と、ヘイグの死による波紋。