『試走』  Trial Run

(1978年作品)


 「おれは死ぬ。アリョシャだ。モスクワ。神様、助けてください」
 この言葉を最後に、ドイツのトップ馬術選手ハンス・クラーマーは息を絶った。心臓発作(?)。ハンスの友人であるジョニイ・ファリングフォド伯爵は、英国王子の義弟。馬術競技選手としてモスクワ・オリンピックを目指していた。しかし、謎のアリョシャを探し出さなければ、ジョニイをモスクワ・オリンピックへ行かせることは、英国王室のスキャンダルになりかねない。王子は、かつて共に障害競馬で競ったことのある元騎手ランドル・ドルーにモスクワに飛んで調べるよう依頼する。気の進まないランドルだが、王子の依頼は断りきれない。

 主人公ランドル・ドルー(32歳)。極度の近視のため騎手を辞めざるを得なかった(騎乗中の眼鏡使用が禁止されたため)。コンタクトは何度試しても炎症がひどいのだ。さらには、気管支炎をすぐに起こす体質。しかも行くのは、冬のロシア、否ソビエト連邦だ。誰もが探し出せなかったアリョシャに、些細な事柄をつなぎ合わせて、ランドルは迫る。馬運車、ゴーリキー通り、モスクワ川、……敵に2度、3度と命を狙われるが、怯むこともなく真相へと迫るのだ。

 人類史上類を見ない遠大な実験であった共産主義国家ソ連が、いまだその威を誇っていたころのモスクワが舞台。人と会うのも、話をするのも、どこへ行くのも困難が伴う国。何をするにもまず周囲に気を配り、慎重な注意を要する。息が詰まる国。人々の生気を感じない街モスクワ。

 モスクワ大学の交換留学生スティーヴン・ルースが、通訳兼パートナーとしてランドルをサポートする。
 また、ランドルが優秀な騎手だというだけで、ソ連の馬術関係者がランドルの調査に協力する。馬乗りに国境はない? ちょっと理想的すぎる設定に感じるが。

 ところで、余談だが、結局モスクワ・オリンピックを英国はボイコットしたわけだから、ランドル・ドルーの危険をおかしての調査は(現実の出来事だったら)無駄に終わったことになるのだが。