『侵入』  Break In

(1985年作品)


 主人公キット(クリスマス)・フィールディングは、障害競馬のチャンピオン・ジョッキー。王政廃止のヨーロッパ(英国人は大陸を「ヨーロッパ」と言うということだ)某国の元王女(リーディング・オーナー3回)の専属騎手でもある。獣医学の大学に合格していたが、プロ騎手の道を選んだ。双子の妹ホリイ("Holy"?)とともに、クリスマスの日に生まれた。
 フィールディング家とアラデック家の数百年に及ぶ骨肉の争い。こんなのも英国ならではか。それが、こともあろうに、ホリイが「ジュリエット」気分で結婚したのは、幼い頃から仇敵として教えられてきたそのアラデック家の人間だった。ボビイ・アラデック、ニューマーケットの競馬調教師。資産家の父メイナード・アラデックは、詐欺まがいの企業買収で財を成した。もちろん結婚に反対し、ボビイとは絶縁状態。両家の親族では、キットだけが理解者だ。

 突如掲載された「デイリイ・フラッグ」紙の記事は、「ボビイの厩舎が破産寸前。だが、父の反対する結婚のため、資産家の父の援助は期待できない」という根も葉もない中傷記事だった。しかも、この記事がわざわざボビイの関わる馬主、出入業者に配られるという念の入れよう。この記事で、ボビイは現金取引でなければ仕入れができず、銀行からも借入を断られ、本当の苦況に立つ。しかも馬主は馬を引き揚げようとする始末。記事の指摘で正しいのは、父親が援助しないという事実で、逆にこの記事で、メイナードはボビイが自分の足を引っ張っていると言い出すのだ。苦悩するホリイとボビイ。
 キットは妹夫婦の苦境を救うべく、マスメディアに独り立ち向かう。だが、厚い壁、キットを襲う妨害工作。屈することなく、妹夫婦を励まし、影の仕掛人へとキットは迫る。
 鋭い観察力・洞察力で人を見抜き、人の行動を見抜くキット。そして、脅しにも屈することなく、的確に打つ手を決める決断力・行動力。王女も全幅の信頼を寄せる理由がここにある。そして、王女の姪ダニエル(CNNっぽいTV局に勤務)とのロマンス。

 本作品のもう一つの面白さは、キットの馬との会話だ。何度となく出てくるレース・シーンは、単なる展開の記述ではなくして、馬の個性・心理面を含めて、騎乗する立場から描かれ、まさにフランシスでなければ書けない秀逸な表現で、競馬ファンには特にこたえられない。

 「……私にわかるような気がするのは、馬に乗っている時だけです。言葉ではありません。……馬はテレパシイ能力を具えた動物なのです」
 王女が首を傾げて私を見た。「でも、キット、あなたは、馬だけでなく、人間に対するテレパシイ能力があるわ。私が今にも訊こうとしていることにあなたが答えることがよくあるの。……」