(2006年作品)
| まずは6年ぶりの新作を出したフランシスに敬意を表したい。奥さんの死、そして氏の年齢も考えれば、『勝利』で筆を擱いても何の不思議もないのであるが、こうしてフランシスは“再起”した。……邦題って、それだけの意味しかないような感じだが。それに比べ、読んだ後に原題の意味するところを考えてみると、非常に意味深い。……これ以上は、未読の人に失礼だから、書きたいけど書けないのだが、読んだ人にはわかると思う。 それから、前作までのフランシス作品をすべて翻訳した菊池光氏が今年(2006年)亡くなられたそうだ。いろいろ読者には批判があったようだが(私もどこかに書いているが…)、少なくとも私は、菊池氏の訳以外のフランシスを読んだことがないのだから、これまでの感謝と共にご冥福をお祈りしたい。 シッド・ハレーは実に10年に1度、フランシス作品に現れる、とシッドもの前作『敵手』の項に書いたのだが、まさにシッド・ハレーが10年ぶりの登場である。『大穴』『利腕』『敵手』につづく、シッド・ハレー4度目の登場なのだ。 かつて障害競馬のチャンピオン・ジョッキーとして名声を得たシッド・ハレーは落馬事故で左手を失い、やむなく引退。その後、探偵業で数々の事件を解決するなどで信頼を勝ちとり、新たな名声を得る。今回は、騎手を引退してから10年という設定、ある調教師と騎手の八百長の噂と、それにつづく殺人事件、これらに絡む人間関係をシッドが解きほぐしていく。 前3作を読んだことがない人は、ぜひ読んでから本書を読むことをおすすめしたい。別に読んでいなくても十分に楽しめるとは思うが、脇を彩る登場人物である元義父チャールズ・ロランドや、前妻のジェニイとの関係などを知っておいたほうが面白いだろう。この両者は前作まで以上に今回は話の筋に絡んでくるのである。 そして、新しい恋人マリーナが初登場。シッドが真実を暴き出そうとするのを阻止する手は、今回はまずマリーナに魔の手を伸ばすのだ。 時代を映すものとして、インターネット・ギャンブルや、いわゆる若手IT起業家も登場。英国はブックメーカーの国だから、インターネット・ギャンブルも相当凄いのだろうことがうかがわれる。 私は『重賞』の項で「“陽”の感じがする作品だ」と書いたが、この作品もまたそんなイメージがある。どちらにも共通するのはチームワークということだろうか。もちろん『重賞』とは意味合いが違うのであるが…。ディック・フランシス作品というと「孤独な戦い」というイメージが強いし、実際シッド・ハレーものでも前作はそうだった。たしかに今回も前作までと同様の肉体的・精神的苦難が待ち受けているのだが、それでもなぜかイメージが違う。シッドを取り巻く人間関係の変化も関係がありそうだ。 さあ、フランシスの次回作はあるのだろうか。 |