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14年の歳月を経てシッド・ハレーが再登場。
シッド・ハレー(31歳)
『大穴』から14年後の出版だが、設定は前作から約半年後。つまり、シッドは年をとっていない。この間、共同経営者になるはずだった探偵社のボス、ハント・ラドナーが死亡し、社はラドナーの甥の手に。シッドは探偵として独立する。前作の最後でふれているように、左手は義手となる。
作品を彩る名脇役も健在。元義父チャールズ・ロランドとの親交は妻と離婚後も変わらず、彼との交流はシッドの心の支えとなっている。相棒チコ・バーンズ(24歳)もラドナー探偵社を退社、柔道の教師をしながら、シッドの仕事を手伝っている。そして、前作では話は出ても実際に登場する場面はなかった前妻ジェニイ(29歳)も出てくる。
『大穴』の事件解決以来、シッドは競馬界で再び名声を得る。今度は探偵として。調査依頼もひっきりなし。
そして再び、競馬界に蠢く不正を次々とあばいていくが、行く手にはシッドを阻止しようとする悪者が妨害を企てる。身体の危機……。
強い意志と人間臭さを併せ持つシッドの魅力の一片を作中から紹介する。
- <恐怖>
- 人がなんといおうと、恐怖というものを私は充分に承知している。それは、馬そのもの、レース、落馬、あるいはふつうの肉体的苦痛に対する恐怖ではない。そうではなくて、屈辱、疎外、無力感、失敗……それらすべてに対する恐怖である。
……恐怖の沼に入り、魂が泣き声を発するような状態にまで落ちた。しかし、なすすべもないまま本能的にそれを表に出さないよう必死の努力を続けた。
- <自尊心>
- 問題の一半は、自分の弱点を充分すぎるほど承知している点にあった。これまであれほど自尊心が強くなかったら、自尊心を失うことによってかくも打ちひしがれることはなかったはずであるのが判っていた。
- <黙秘>
- しかし、すべてを胸中に押し込んでおくのは、物心ついて以来の習慣であった。子供の頃に学んだ自衛手段、世間に対する壁、今さら変えることは不可能である。
- <チコの証言>
- 「おれたちがいっしょに仕事をするようになってから、概して好成績をあげているのはなぜか、知ってるか?」
「なぜだ?」
「悪党連中がみんなお前を知ってるからだ。たいがいの連中は、見ただけでお前だと判る。だから、お前が自分たちの悪事に関係した分野でなにか調べているのを見ると、怖じ気をふるって、ごろつきにおれたちを狙わせるようなばかな真似をし始める。そして、おれたちは悪党は誰か、なにをやってるのかを、はっきりと知ることができる。連中がじっとしていたら、判らなかったはずのことが」
- <馬主フライアリイ卿の言葉>
- 「きみがいまだに騎乗していないのが、残念でならないよ、シッド」
「そうですね」私はほほえみながらいったが、彼は、私が隠しおおせなかった目の表情を見て取った。
私が絶対に耳にしたくない同情のこもった口ぶりで、卿がいった。「たいへん失礼した」
「続いている間は、すばらしい日々でした」私が軽い口調でいった。「何事も、それでいいのです」
彼は、自分の失言に腹をたてているかのように、さかんに首を振っていた。
「いいですか」私がいった、「わたしが乗らなくなったことをあなたが喜ぶようだったら、わたしはもっとつらい思いを味わうことになりますよ」
- <耐えられぬこと>
- かりに選ばなければならないとしたら、それに今は選ばざるをえないように思えるのだが、いかなる代価を払っても、健全な精神を維持する途をとらなければならない。あるいは、肉体的危害に対する恐怖心に対処することができるかもしれない。自分の体にどのようなことが起きようと、たとえ自分ではなにもできない不具になることすら、耐えられるかもしれない。自分が永遠に対応できない、耐えられないこと……ようやく、鮮明、確実に理解できた……それは自己蔑視である。
- <前妻ジェニイの証言>
- 「……あなたはつねに勝たなければ気がすまないのよ。すごく厳しいわ。自分に対して厳しい。自分に対して冷酷だわ。わたしはそれが我慢できなかったのよ。誰だって我慢できないわ。女は慰めを求めて自分のところへくる男が必要なのよ。お前が必要だ、助けてくれ、慰めてくれ、接吻で悩み事を振り払ってくれ。でもあなたは……あなたにはそれができない。あなたはいつも壁を造って、今と同じように、無言のうちに自分のトラブルに対処する。それに、どこも痛くないといってもだめよ、わたしはいやというほど見てるんだから。あなたは、自分の首の傾きを隠すことはできない、今回はとてもひどいことがわたしみは一目で判るわ。でも、あなたは絶対にいわない、そうでしょう、ジェニイ、抱いてくれ、助けてくれ、おれは泣きたいんだ、と?」
言葉を切って、その後に続いた沈黙の中でわずかに手を動かして悲しそうな身振りをした。
「判った? あなたはいえない、そうでしょう?」
長い沈黙の後で、私がいった、「いえない」
利腕
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