『不屈』  To the Hilt    不屈 不屈

(1996年作品)


 主人公アリグザンダー・キンロック。29歳。伯爵を伯父にもつ貴族の家系の出ながら、独りスコットランド山中の小屋で、絵を描くことを生業に暮らす。画家。生活のために描き、そして好きな絵を描く。
 妻エミリイ・ジェイン・コックスは英国でも屈指の調教師だが、別居中。
 彼の絵は、人間の永遠の魂や、不屈の精神を描き、人に生きる勇気を与える。「あなたはいつもゴルフの絵を描いてる、と言ったら、そうじゃない、あなたは人間の不屈な精神を描いているのだ、と言ったわ。彼は、いつの日かあなたは偉大な画家になるかもしれない、とも言ったわ。あなたはそれだけのテクニークと勇気を具えているって」。
 アリグザンダーは、長髪で絵の具の付いたラフな服装という外見にもかかわらず、伯父のロバート・キンロック伯爵、義父アイヴァン・ジョージ・ウェスタリングからの信望はもとより、アリグザンダーと会った銀行支配人、会計監査人などお堅い仕事の人間からも、厚い信頼を得るような人間である。

 義父アイヴァンが心臓発作で倒れ、母ヴィヴィアンに呼ばれて訪ねてみると、アイヴァンの経営するキング・アルフレッド醸造会社が、信頼していた経理部長の横領によって、危機的状況を迎えていた。この危機に対処するために、病気のアイヴァンは、アリグザンダーに全権を委任する。アイヴァンには実の娘パッチイがおり、アリグザンダーは何の利害を得ることにもならないのだが、アイヴァンの会社を救うためにあらゆる手を打ち、奔走する。パッチイは、そうしたアリグザンダーを、自分の利害を脅かす存在として敵視し、妨害さえする。実際は自分が相続する会社なのだが。
 横領された金は瞬時に世界を飛び回り、そして行方がわからなくなる。会社の再建は可能なのか。
 一方、アリグザンダーは冒頭から4人組の暴漢に襲われ、ひどい怪我を負う。「あれはどこにある?」といわれて。「アリグザンダーは物を隠すのが上手い」という、キンロック伯爵とアイヴァンの会話を聞いていた何者かの差し金か。キング・アルフレッド・ゴールド・カップ、キンロック伯爵家の家宝「キンロック家の栄誉」、アイヴァンの愛馬ゴールデン・モルト号、暴漢をそそのかす者の狙いは何にあるのか?
 再三の苦痛を伴う暴行・障害にも屈せず、アリグザンダーは冷静で緻密な判断を怠らない。フランシス作品の主人公の真骨頂である。そして、アリグザンダーは画家であるため、観察力が鋭い。個性的なキャラクターで、変装名人の私立探偵ヤング・アンド・アトリイの変装もすぐに見破ってしまう。