『奪回』  The Danger

(1983年作品)


 「同様の組織は存在するが、リバティ・マーケット株式会社は仮構の会社である。本書の背景設定の協力者は一人残らず名前を挙げられることを拒んだが、とにかく、ここに御礼を申し上げる。」……本書はしがきのフランシスの言葉である。
 今回の背景は、世に知られざる「誘拐対策会社」である。世界のどこでも誘拐が起これば派遣され、犯人との身代金の交渉や対策など、被害者の家族の相談に乗り、警察との協力の下に、アドバイスを与える。フランシスの言葉どおり本当にあるらしいが、実態は知られないし、知られないことをもってよしとする会社なのである。この題材からして興味深い。
 かつて三井物産マニラ支店の若王子支店長誘拐事件では、三井物産は英国のコントロール・リスク社に救出を依頼し、成功した。同社はかの有名な特殊部隊SAS(Special Air Service)の出身者数名がつくった会社だそうだ。リバティ・マーケット社のモデルかどうかは知らないが……。

 主人公は、リバティ・マーケット社の共同経営者(同社はスタッフ全員が共同経営しているという設定)であるアンドルー・ダグラス(30歳)。
 アンドルーは、まずイタリアで人気女性騎手の誘拐事件の解決にはじまり、ついでイギリスで、そしてアメリカでと、世界を股にかけ息詰まる活躍をする。意外な犯人が浮上するとともに、もちろんフランシス小説特有である、万事が成功するわけでないところがヤキモキする。

 世界では年に約200件ほど誘拐事件が発生しているそうだ。フランシスの綿密な調査がうかがえるように、身代金の交渉、誘拐の手口、犯人への対策など、ノンフィクションを読むようである。そして、「奪回」することができた被害者の心の傷は相当なものだそうだ。恐怖、不安、人間不信、悪夢にうなされる……。そして、アンドルーは誘拐対策に冷静沈着な判断をするとともに、家族を落ち着かせ、被害者の心を癒す術を身につけている。

 「きみは不思議な若者だな。何事もきわめて明確に判断する」
……かといって、冷たいハートの持ち主ではない(フランシスの主人公の特長である)。また、人質救出に際には緊張もする。

 「人に聞かれたら、自分のことをなんというの?」
 「たいがいの場合、安全コンサルタント、あるいは保険コンサルタント。その時の気分次第で」
 「どちらも、退屈で重要な職業のように聞こえるわ」
 「そう……えー……それが狙いなのです」

 「あなたは、なにか鉄のような感じをたたえてるわ。鉄の棒みたい。あまり微笑しない。人に圧力をかけるような感じがない……しかし、そのつもりになれば、かけられるにちがいないわ」

 「あなた方は、人が苦しみ悲しむのを何回となく見ている。二人とも、人を精神的にもちこたえさせる方法を知っている……だから、耐え難いことにも……耐えられるようになる」

 「あなたは、わたしの基盤

(もっといい訳はなかったのか。原文は知らないが……)なのよ。あなたがいなかったら、すべてが崩れ落ちてしまうわ」

 背景に登場する「ワシントンD・C・インターナショナル」レースの様子が競馬ファンには興味深い。







 奪回