私の読んだ競馬の本


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 『サラブレッドはゴール板を知っているか』  楠瀬良/編著 (平凡社・1,600円)

 96〜97年に雑誌『優駿』に掲載された「対談」をまとめたもの。ここ数年、同誌をまったく見ていないので、こんな興味深い連載をやっていたなんて知らなかった。編者自らがJRAの研究者であり、他の対談記事ではめったに味わえない内容の濃い話し合いで、サラブレッドの心理を説いていく。相手は、生産者、調教師、装蹄師、獣医師など多彩な顔ぶれだが、いずれもその道のトップどころだから、話にも説得力がある。特に我々競馬ファンにとって興味深いのは、騎手との対談で、レース中の競走馬の心理などが語られている部分ではなかろうか。ここには、岡部幸雄、武豊、マイケル・ロバーツの3人が登場する。それぞれ全く違う切り口ながら、デリケートにサラブレッドに接しているのがわかる。これはフランシスにも通じるもので、一流ジョッキーならではのものか。一流どころだけでなく、あえて二流ジョッキー(誰とはいわんが)との対談も載せたら、その差がどこにあるかを興味深く読めるだろうに、と思ったりもする。
 ところで、興味深いのは、本書のタイトルにもなった「サラブレッドはゴールがわかるのか」という問いに対し、岡部がきっぱりと否定したのに対し、武がまたはっきりと肯定していることだ。う〜ん、サラブレッドは奥が深い。また、武がG1レースでもファンのマナーの悪さをうるさく言うのに対し、ロバーツが「ファンには楽しむ権利がある」と一蹴していることだ。
 久々に面白いウマ本だった。

★★★★★(平成10年12月17日記)

 『日本競馬を創った男』−エドウィン・ダンの生涯− 赤木駿介 (集英社文庫・660円)

 20数年前、「エドウィン・ダンの生涯」という題名で、雑誌『優駿』に連載されたものだそうだ。赤木さんの競馬モノは、山口瞳との共著『日本競馬論序説』という大仰な題の本を読んだことがあるが、ゴタクを並べただけの、年寄りの戯言にしか感じられなかった。まあ、この本は競馬論ではないから、そんなことはないですよ。
 でも、競馬の本だと思って読むと、期待を裏切られますよ。D・フランシスの「競馬シリーズ」ではないが、わざわざタイトルに「競馬」を掲げるのは、そのほうが売れるだろうと思った出版者サイドの思惑だけだ。
 内容は、明治初期に日本の近代国家建設のために招請された、いわゆる「お雇い外国人」の一人であるエドウィン・ダンの伝記である。日本の「牧畜」の基礎をつくるのに貢献したのがこの人物。バターやチーズの製法を日本に伝えたのもダンだそうだ。草創期の北海道開拓は、厳しい冬の寒さ、深い原生林を切り開いての開拓など、困難との闘いの連続であったろう。ダンは北海道の官営牧場を切り盛りし、日本の近代的な「馬産」の基礎をつくった人物であり、明治天皇の御前で競馬をしたとはあるが、「日本競馬を創った男」というのは言いすぎである。
 ダンは、20代前半で来日し、日本人の妻をもち、後には駐日公使(日清戦争当時)にもなる人物で、生涯を日本で過ごした。
 欧米列強に対峙し、近代国民国家の建設を急いだ明治期の日本の息吹、とりわけ農業・牧畜を中心とした北海道開拓の様子は、歴史の人物の虚実とともに興味深い。

★★★(平成10年11月8日記)

 『馬は誰のために走るか』〜オグリ、テイオーの復活。その奇跡の秘密〜 木村幸治 (祥伝社NON POCHETTE・552円+税)

 平成3年に単行本が出たときに読んだが、馬名、着順、騎乗者名など競馬ファンなら誰でも間違いだとわかる記述が散見され、うんざりした。こんなのを臆面もなく出版する編集者、何のチェックも入れずに済ます著者に幻滅し、以降、木村幸治の書くものは読む気もしなくなった。競馬を知らなきゃ調べんかい、編集者。ちゃんと著者校しろよ、執筆者。競馬ブームが到来し、ただ売らんかなだけで、出した本という感じがした。
 いくらなんでも、当時、苦情がたくさん行ったはずで、文庫本になったら注意するだろうと思い、読んでみた。さすがに直したようで、気にはならなかった。
 興味深い題名に引き寄せられるが、単なるノンフィクションで学術的な解明をしているわけではない。表題のテーマは、デズモンド・モリスの『競馬の動物学』の説を借用して記述しているだけだ。したがって、表題のテーマを理解したいなら、モリスの本を読んだほうが面白い。動物行動学というのも、ちょっと胡散臭い部分がある学問という気がしてならないのではあるが。
 ということで、オグリキャップ、トウカイテイオー、中野栄治(アイネスフウジン)、シンボリルドルフ、福永洋一、柴田政人、スピードシンボリ、マーベラスクラウン、キーストンについて読みたい人は、読むがいい。

(平成10年6月13日記)

 『馬上の風に吹かれて』〜競馬場の風来坊2〜 田原成貴 (マガジン・マガジン・1,800円)

 ここのところG1を勝ちまくった田原成貴が騎手を引退して調教師へ転身するそうな。たしかに、一連のエッセイを読むと数年前からほのめかしている。まだ40歳にもならない年で騎手引退はほんとに残念でしかたない。が、まっとうに調教師になるのだなあと思ったりする。
 田原は「日本のディック・フランシス」に一番近い存在だと思っていたので、その方面での活躍も期待したいものだが。奔放な生活は、騎手時代にはそこそこ許されても、調教師となるとそうはいかないのでは?
 岡部騎手がどこまでも正攻法で生真面目な騎乗論を展開する。一方、ざっくばらんの語り口ながら、田原の騎乗論も深く興味深い。タイトルどおりの「風来坊」に相応しい私生活、弟弟子(というより"子分"か)の社長(藤田)、スイ(四位)らのこと、マヤノトップガン、フラワーパーク、ファイトガリバーなど騎乗馬のこと、そして騎乗論・騎手論。自ら「騎乗論の第一人者」というだけのことはある(それがどこまで正しいかは素人の私にはわからないのではあるが)。そして、横山典、松永幹、武豊、福永、安田富、岡部らを取り上げた騎手論も読ませる。ただ、社長やスイがそんなにスゴイ騎手なのかいな? などとも思ったりするが。
 やはり、マヤノトップガンと共に闘った一連のG1の記述がいちばん興味深いかな。
 いや、お声がかかるだけあって、田原はホント文章が上手い。ライターを名乗る者には、下手なのがウヨウヨいるゾ。

★★★★(平成10年2月14日記)

 『競馬の血統学』−サラブレッドの進化と限界− 吉沢譲治 (NHK出版・1,680円)

 入門書でもなく、かといって学術論文でもなく、しかも結論はしごく当然(私は常識だと思っていたのだが?)で、実に中途半端。なんでこんなの書くのに4年もかかったの? と思ってしまう。最大の難点は、どうどうめぐりの主張で、冗長な文章がつづくことで、正直途中で飽きてしまった。
 要はインブリードをつづけると、血統の飽和状態になり、その血脈は活力を失い衰えていく、サラブレッドの歴史は、血統の興亡の歴史だということ。その鍵はローカル血脈(筆者の言葉で「雑草血脈」)にある。かつて競馬の後進国だったイタリアでネアルコが生まれ、もっと後進であるカナダからノーザンダンサーが生まれたのがこれだ。
 果たして日本から世界を席巻する名馬が誕生するか?
 競馬史の一時代を席巻した名種牡馬=セントサイモン、ハイペリオン、ネアルコ、ナスルーラ、ノーザンダンサー、ネイティヴダンサー、トウルビヨン、ロイヤルチャージャーを軸に、いかにこれら名馬が生まれたかを知るには最適かも。

★★(平成10年1月24日記)

     

 『ダービー卿のイギリス』 山本雅男 (PHP新書・690円)

 著者の山本雅男氏は、イギリス近世史・文化論がご専門の方。今は静岡県立大学助教授ですが、日大の講師時代には吉本ばななの恩師だった方です。『優駿』誌にもときどき書いているそうです。山本氏には『ヨーロッパ「近代」の終焉』(講談社現代新書)という秀作もあり、こちらもたいへん興味深かったのですが、本書はイギリス文化史から書かれた近代競馬の生い立ちがたいへん興味深く読めます。米国や日本などの大衆に支えられた競馬とは、現在も一線を画すイギリス競馬。そこにいまもジェントルマン層の存在があります。例えば、古代から世界で馬を競わせることは行われていたのに、何故イギリスが競馬発祥の地たりえたのか? ジョッキー・クラブの生い立ち、障害競馬の生い立ち、「ダービー」のレース名の由来となったダービー卿とバンベリー卿のコイン投げの”真相”など、いずれも「なるほど」と思ってしまいます。フランシスの小説を読むのにも知っておいて損はないと思います。値段もお手頃ですから、興味のある方は読んでみてください。

★★★★★(平成9年)