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| 1つ目のトンネルを過ぎると今度は下草に覆われた小道が現れ |
| た。普通ならその小道は通り過ぎてしまうところだが、その壁面に |
| 設置されている柵にふと気づいた。明らかに線路の枕木である。 |
| しかし苔に覆われている枕木も多く、過ぎ去った時間の長さを |
| 感じさせる。このような小さな遺構を探すことが、廃線歩きの |
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醍醐味のひとつとでも言おうか。今度はその小道をよく見てみた
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ところ、うっすらと過去に線路があったかと思われる2本のライン
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を認めることができた。その小道の先には次に紹介するトンネル
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へと続いている。
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小道の脇には「借用地」と書かれた看板が設置されており
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用途 作業用通路
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借付箇所 高崎営林署
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借受箇所 JR東日本高崎支社
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と記されてあった。すなわち農水省林野庁からJRが土地を
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借受けているのだ。昔は線路の使用のために借り受けて
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いたのだろうが現在はその用途も少ない。そのうち返納され
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るのではないのだろうか。
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更に車で少し進むとコンクリートで固められた壁面に大きなト
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ンネルが現れた。鉄製の柵が施されており、「立ち入り禁止」
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と書かれた看板がある。
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しかし鉄柵には鍵はかかっておらず、差込棒がついているだ
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けであった。そこで悪いとは思いながら、こっそりと柵を開けて
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中へ入ることにした。明かりは全く無いが100メートル位の
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短いトンネルであったため、奥の出口から差し込む光のおか
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げで、十分懐中電灯なしでも歩ける。半分を進んだところあた
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りから、今までのコンクリート造りから、レンガ造りへと構造が
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変わった。今まで見られたような古い年季の入ったレンガで、
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先ほど歩いたトンネルと同じだ。廃線跡に間違いない。雰囲
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気を愉しみながら、出口を出るとそこには、新線(信越本線)
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が姿を現した。そこに沿うようにして、整備された線路跡
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の残る道があった。ここを進むと間もなく旧熊野平駅に着
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くのであろう。
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再びトンネルを引き返し、入り口あたりを見てみると「熊ノ
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平すい道」の文字が。建設が昭和40年となっているが、
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これはトンネルの半分のコンクリート造りの部分のことで
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あろう。昭和40年といえば、旧線が廃止になって2年後
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のことである。全線整備の際、このトンネルも補修が行わ
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れたのであろう。
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(※)補足のコメントです。
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| 構内に入るときに通ったトンネルはアプト時代はスイッチバックの引込み線だったのです。と言うのもトンネルとトンネルの間が短く、編成がホームに入りきれなかったのです。その後アプト廃止後にトンネルが道路まで貫通し、途中で材質がレンガからコンクリに変わってます。 |
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