楽園特急★

【旅の総合サイト】楽園特急に乗って自分の旅を探しに出かけよう!

京都散策記

 トップページ >> サイトマップ >>  LINK  >> 京都散策記トップ

宇治C・宇治川の戦い

宇治上神社の宇治川側の鳥居の前には、「源氏物語」の像
がある。何度も説明したが、ここ宇治は、源氏物語・宇治十帖の
舞台なのである。
源氏物語そのものは、フィクションであるが、平安当時以来、
源氏ファンは、宇治で物語の舞台となった場所を想像してきた。
そうして江戸時代の初めころには、宇治十帖の古跡として
十箇所が定められるに至った。
今回は、その10箇所の舞台のうち、「早蕨(さわらび)」を
紹介しよう。源氏物語の第48帖。巻名は、中の君が詠んだ和歌、
この春は誰にか見せむ 亡き人の形見に摘める 嶺の早蕨
にちなむ。
父も姉も亡くした中の君の元に、父の法の師だった宇治山の
阿闍梨(あじゃり)から例年通り蕨や土筆が届く。
中の君は阿闍梨の心づくしに涙を落とす。
匂宮(源氏の孫・母は明石の姫君)は、宇治通いが困難なので、
二月上旬に中の君を京の二条院に迎えることにした・・・・・

さて、宇治は源氏物語のような、優雅な世界の舞台
だけではない。
血なまぐさいの舞台にも何度もなってきた。
源頼政の乱しかり、木曽義仲源義経の戦いである
宇治川の戦い」しかり。
今回は、宇治川の戦いの舞台に向かってみることにしよう。
朱色の欄干のある橋を渡り、宇治川の中洲へ向かう。
 
 

中州に渡りきって、宇治上神社の方向を望んで見る。
 
 
 
 
 
 
 
 

中州は、今は公園となっており、人々が思い思いに
秋晴れの一日をゆっくりと過ごしている。
1183年、平家打倒の兵を起こした木曽義仲は、京から
平家を追放することには成功したものの、京で乱暴狼藉を
はたらき、後白河法皇と対立するようになっていった。
同年11月に義仲は、法皇を京都東山の法住寺に幽閉、
更に、法皇に強要して源頼朝追討の院宣を出させ、
征夷大将軍にも任命される。
 

翌年である1184年、頼朝は近江にまで進出させていた
弟の源範頼源義経に義仲追討を命じる。
義仲自身は院御所を守り、京の入口である宇治には
根井行親楯親忠を配置したが、義経軍はこれを突破、
入洛し、京から義仲軍を追放する。
この宇治での戦いの際、佐々木高綱は、梶原景季と先陣を
争い、初めは遅れをとるが、景季に馬の腹帯が緩んでいる
と言って締め直させ、その間に先陣を切る。
左写真は、その「宇治川先陣争之碑」。

さて、最後に宇治の味覚を紹介しよう。
宇治川に架かる橋のたもとにある「通圓(つうゑん)」というお店。
なんと創業は平安末期 永暦元年(1160年)という、
宇治茶の老舗中の老舗。
 
 
 
 
 

お茶も有名ですが、私が今回いただいたのは、「茶そば」。
見た目も非常につるつるして綺麗で、味も絶品です。
 
 
 
 
 
 
 
関連リンク
>>通圓(つうゑん)ホームページ

>>トップページ>>目次>>第59話「中書島@」