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高槻城址

形式 平城
建築年 14世紀前半
主な城主 入江春則、和田惟政、高山右近、永井直清
関連リンク  
備考  
高槻城が最初に文献に登場するのは、14世紀前半に入江氏の居城
となった頃である。
その後、信長により15代将軍足利義昭が擁立された際に、室町幕府の
幕臣であった和田惟政が高槻城主として封じられている。
しかし和田氏の家臣であった高山右近が和田氏を滅ぼして城主となる。
キリシタンであった右近は、城内に天主教会堂を建てるなど、キリスト教
の布教に努め、1581年には、イタリアの巡察師ヴァリニアーノを迎えて
大規模な復活祭を行ったりもしている。
後に、右近は江戸時代の1619年に幕府によるキリシタン追放令により
フィリピンマニラに国外追放となる。
高槻城は、豊臣政権下では豊臣直轄地となるが、大阪夏の陣(1615)
以降は、内藤氏、土岐氏、岡部氏など徳川譜代大名の居城となる。
1649年には、永井直清が3万6000石をもって入城し、明治維新まで
永井氏の藩政が続くこととなる。
しかし、1874年(明治7)に鉄道敷設に伴い、高槻城は廃城となる。
(写真中段は、城内の高山右近像)

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