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難波宮散策記

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仁徳天皇陵

建築年 4世紀後半
所有文化財  
備考 大阪府堺市大仙町
リンク  
仁徳天皇陵は、周囲2,718m、面積464,124u、の世界最大級の前方
後円墳で、1500年前に堺に築造された。
エジプトのクフ王、秦の始皇帝陵と並べられ、「世界三大古墳」のひとつ
と言われている。この辺りは古くから百舌鳥野(もずの)と呼ばれ、この
百舌鳥野を中心に東西南北約4kmの範囲に百舌鳥古墳群が広がり、
多くは古代の姿をとどめている。
仁徳天皇は応神天皇の第4子で、第16代天皇。
応神天皇の崩御の後、最も有力と目されていた皇位継承者の
菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)皇子と互いに皇位を譲り合ったが、
同皇子が自殺したため、即位。この間の三年は空位であった。
仁徳天皇が即位したころ、長年にわたる朝鮮半島での戦いで、
国力は疲弊していた。天皇は、農家から料理の時のけむりが立ち
のぼらないのを見て、農民は食料がないほど貧しい暮らしをしている
ことを知り、3年間、税を取り立てなかったと言われている。
倹約のために宮殿の屋根の茅さえ葺き替えさえしなかったという。
宋書倭国伝」の「倭の五王」のうちの「讚」(さん)ではないかという
説がある。

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