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西国三十三所巡礼

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第22番札所

補陀洛山・総持寺

創  建 879年
由  緒 創建者は。藤原北家の藤原山蔭。山蔭は、清和天皇の蔵人となり、側近として活躍。
  続く光孝天皇の時代には、中納言まで上りつめた。
  四条流包丁派という日本料理の流派の創始者としても知られている。
  山蔭は幼少のころ、継母のたくらみにより、川に捨てられたが、以前父親の藤原高房が観音の縁日に
  助けた大亀が現れて、山蔭を背に乗せて、命を救う。
  観音の御恩に感謝した高房は、観音像の造像を発願するが、途中で亡くなってしまう。
  その後、山蔭が、父の遺志を継いで千手観音を像立。総持寺を創建した。
★山門
楼門形式の門が階段の上にそびえている。
★山門の仁王像
★本堂
1571年の白井河原合戦により、織田信長により、本堂をじはじめ、
諸堂僧坊はことごとく焼き払われる。
本尊の下半身の焼痕はこの時の罹災によると伝わり、
火防(ひふせ)観音」とも呼ばれる。  
1603年に、豊臣秀頼の命により片桐旦元が奉行となって再建
される。

★交通★  阪急・総持寺駅下車5分

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