楽園特急★

【旅の総合サイト】楽園特急に乗って自分の旅を探しに出かけよう!

奈良散策記

 トップページ >> サイトマップ >> BBS  >>  LINK  >> 奈良散策記トップ

安寧天皇陵

建築年  
所有文化財  
備考 奈良県橿原市吉田町
リンク

 

第3代安寧天皇は、「欠史8代」の天皇の一人で、その存在
には疑いがある。日本書紀では、その名は磯城津彦玉手看尊
(シキツヒコタマテミノミコト)。

父は、2代綏靖天皇で、母は五十鈴依媛命(イスズヨリヒメノミコト)

母のイスズヨリヒメノミコトの系譜を少し遡ってみる。
スサノオの娘スゼリヒメを妻とした大国主には、たくさんの側室がいた。
その側室一人カムヤタテヒメから生まれのが事代主(コトシロヌシ)
である。その事代主の娘がイスズヨリヒメノミコトである。
葦原中国(あしはらのなかつくに・すなわち日本)は、大国主が
治めていたが、大国主は、アマテラスの弟スサノオの系列
アマテラスは弟の息のかかった大国主ではなく、自分の孫である
瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に治めさせるために、剣の神である
建御雷之男神(タケミカズチ)を派遣する。
様々ないきさつの結果、大国主は長子の事代主と相談し、
中つ国をアマテラスに譲る。いわゆる「国譲り」である。
こうしてニニギノミコトが天の国から降りてくる。いわゆる「天孫降臨」。
ちなみにニニギノミコトの孫が神武天皇。ここでもつながる。

>>目次>>第6話「懿徳天皇陵」