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奈良散策記

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綏靖天皇陵

建築年  
所有文化財  
備考 奈良県橿原市四条町
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神武天皇には、皇后である媛蹈鞴五十鈴媛命(ヒメタタライ
スズヒメノミコト)との間に神八井耳命(カムヤイミミノミコト)、
日子八井命(ヒコヤイノミコト)、神渟名川耳尊(カムヌナカワミミ
ノミコト=綏靖天皇)の3子をもうけていたが、東征する前
日向にいたころに、阿比良比売(アヒラヒメ)との間に
多芸志美美命(タギシミミ)、岐須美美命(キスミミ)の2子
をもうけていた。
神武天皇が亡くなると、日向のタギシミミは、神武皇后のヒメタタ
ライスズヒメノミコトを妻としたのだが、大和に残された神武天皇の
3子を滅ぼそうと目論んだため、ヒメタタライスズヒメノミコトは
驚いて、わが子を守るために、それを歌に詠んで大和の3子に知らせた。
そうして大和と日向にいる神武天皇の皇子同士の戦いが始まった。
大和の長子カムヤイミミノミコトは、恐怖のためにタギシミミを
殺すことができず、3男のカムヌナカワミミノミコトが兄の武器を
奪ってタギシミミを殺し、第2代綏靖天皇として即位した。
これらの事件を「タギシミミの反逆」という。
 

>>目次>>第5話「安寧天皇陵」