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難波宮散策記

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前期難波宮八角殿

建築年

652年完成

所有文化財  
備考 大阪市中央区法円坂
リンク 奈良散策「飛鳥川辺行宮」(飛鳥稲淵宮)

645年大化の改新で蘇我入鹿が殺され蘇我氏は滅亡。

皇極天皇は退位し、孝徳天皇が即位、中大兄皇子が皇太子となる。
新政権はさっそく、都を長年続いた飛鳥から難波へと移した。
難波には、「難波津」という古代日本最大の国際港があり、 
その当時すでに外交や流通の中心として重要な位置にあったからだ。
都が完成したのは652年。これが難波長柄豊碕宮である。

しかしその翌年である、653年、中大兄皇子は孝徳天皇に

難波から飛鳥へ都を戻すことを相談する。
天皇はこれを認めず、中大兄皇子は皇極天皇や弟大海人皇子、
妹で天皇の皇后の間人(はしひと)皇女まで連れて、飛鳥へ

戻ってしまう。この時の宮が飛鳥川辺行宮(飛鳥稲淵宮)である。

654年孝徳天皇が亡くなり、皇極天皇(中大兄皇子の母)が
斉明天皇として重祚、飛鳥に都も戻り、飛鳥板蓋宮が政治の
中心となってゆく。前期難波宮は国際都市を目指した孝徳天皇の

夢の跡となってしまった。

八角殿跡は、NHKのすぐ南東にある難波宮跡公園の中にあり、
今は藤棚となっている。

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