楽園特急★

【旅の総合サイト】楽園特急に乗って自分の旅を探しに出かけよう!

楽園タイ通信

 トップページ >> サイトマップ >> BBS  >>  LINK  >> 楽園タイ通信トップ

ロッブリーA

ロッブリーは、9世紀にはラウォーと呼ばれ、モン族ドラヴァティーニ王国の一部だった街。

その後、スコータイ時代を経て、アユタヤー時代にナーラーイ王により「第二の都」に制定された。

まず、やってきたのは、ワット・プラ・シー・ラタナー・マハータート

名前はずいぶんと長い。

仏像や彫刻はほとんどが破壊または盗難にあい、残っていない。

12世紀のクメール時代に建てられただけのことはあって、立派なクメール式のプラーン(高塔状祠堂)が1基ある。

手前は巨大な礼拝堂の跡。

ちょうどこの遺跡で、何かのグラビア撮影?が行われていたので一緒に写真を撮らせてもらった。ラッキー。

続いてやってきたのは、プラ・ナーラーイ・ラーチャニウェート宮殿

こちらもずいぶん名前が長いが、もとはラーマ4世が、1665年から12年かけて建設した宮殿で、現在は国立博物館になっている。

 

左の建物は国王と外国の使節等との拝謁の間

この白亜の建物は、もとはチャンタラ・ピサーン宮殿で、1655年にナーラーイ王の住居として造られたが、こちらも現在は博物館として、内部は美術品などが展示されている。

>>トップページ>>目次>>第6話「ロッブリーB」