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ロッブリーは、9世紀にはラウォーと呼ばれ、モン族ドラヴァティーニ王国の一部だった街。
その後、スコータイ時代を経て、アユタヤー時代にナーラーイ王により「第二の都」に制定された。
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まず、やってきたのは、ワット・プラ・シー・ラタナー・マハータート。
名前はずいぶんと長い。
仏像や彫刻はほとんどが破壊または盗難にあい、残っていない。
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12世紀のクメール時代に建てられただけのことはあって、立派なクメール式のプラーン(高塔状祠堂)が1基ある。
手前は巨大な礼拝堂の跡。
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ちょうどこの遺跡で、何かのグラビア撮影?が行われていたので一緒に写真を撮らせてもらった。ラッキー。
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続いてやってきたのは、プラ・ナーラーイ・ラーチャニウェート宮殿。
こちらもずいぶん名前が長いが、もとはラーマ4世が、1665年から12年かけて建設した宮殿で、現在は国立博物館になっている。
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左の建物は国王と外国の使節等との拝謁の間。
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この白亜の建物は、もとはチャンタラ・ピサーン宮殿で、1655年にナーラーイ王の住居として造られたが、こちらも現在は博物館として、内部は美術品などが展示されている。
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>>トップページ>>目次>>第6話「ロッブリーB」
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