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| 蹴上と書いて「けあげ」と読む。 |
| 京都の東山と呼ばれる地域の一角で、北は南禅寺、 |
| 南は知恩院という大本山に挟まれた中間あたりにあります。 |
| 蹴上には、現在、京都市の浄水場がありますが、昔から |
| この地域は京都の「水」にとって欠かせない場所でした。 |
| 東海道の難所であった逢坂山、日ノ岡峠を越えて |
| 大津から京都に、琵琶湖の水を利用し、資材や旅人を |
| 運ぶことは、経済活性化のためには欠かせないことであり、 |
| 古くは平清盛、豊臣秀吉も計画していたと言われています。 |
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| しかし当時の技術では到底無理な計画でした。 |
| これが現実になりそうだったのが、明治14年2月のこと。 |
| 当時の北垣国道知事が琵琶湖疎水計画の実現を決断する |
| のです。そこでなんと、この大事業に際して北垣は今の東京 |
| 大学を卒業したばかりの21才の青年技師を抜擢するので |
| す。それが田邊朔朗です。完成したのは明治23年です。 |
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これにより琵琶湖より京都への水運が
可能になったのです。
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| 地下鉄東西線蹴上駅の1番出口を出るとすぐに |
| レンガ造りの建造物があります(写真1段目)。 |
| その上に登ってみると、やけに幅の広いレールを見つけるこ |
| とができます。これこそ田邉朔郎の苦心の作、インクライン |
| (傾斜鉄道)です。九条山より蹴上にかけては、勾配が急 |
| であるためインクライン
により三十石船をそのまま台車に載 |
| せて
上下させたのです。 |
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| また、疎水の跡を、南禅寺の裏側で見ることができます。 |
| 水路閣(左手写真)です。 |
| 完成は明治23年。レンガ造りのアーチ型の橋が非常に美し |
| く、国の史跡にも指定されています。 |
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| 上に登ると、今も琵琶湖から引かれた水が流れています。 |
| これらを完成させた田邉朔郎の銅像が今も、インクライン |
| を見渡す丘に建てられています。 |
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スポットDATA
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インクライン・水路閣
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[インクライン] 地下鉄東西線「蹴上」駅降りてすぐ。 |
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[水路閣] 蹴上駅から徒歩5分。南禅寺東側。
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