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| 熊野古道で有名な、和歌山県那智・熊野地方。 |
| その雰囲気を彷彿とさせる、深い山と緑の木々。 |
| 今回やってきたのは、西国三十三所霊場の第15番札所である、 |
| 今熊野観音寺である。 |
| 後白河法皇より、「新那智山」の山号を賜っている。 |
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| 空海が自ら観音像を刻んで、草堂に安置したのが始まりで |
| あると言われており、854〜857年に、左大臣・藤原緒嗣 |
| (おつぐ)が、伽藍を造営した。 |
| 1234年には、後堀川上皇をと当寺で葬るなど、朝廷の |
| 厚い信仰を集めてきた。 |
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| 伽藍は度々戦火に見舞われ、1467年の応仁の乱、南北朝の |
| 争い、などで消失したが、そのたびに再興されてきた。 |
| 左写真は、本堂。 |
| 現在の建物は、1712年に、再建されたもの。 |
| 空海作と伝えられる本尊の十一面観音像を安置する。 |
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| この日も、数多くの巡礼者が訪れていた。 |
| 境内には、他にも見所は多く、本堂の裏には、「藤原三代の墓」 |
| とよばれる、石造宝塔がある。 |
| 「藤原三代」とは、藤原忠通(ふじわらのただみち)、九条兼実 |
| (くじょうかねざね)、慈円(じえん)の三人。 |
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| 藤原忠通は、鳥羽、崇徳、近衛、後白河の四帝に歴任、関白・ |
| 太政大臣と位大臣を極めた。 |
| 九条兼実は、忠通の子で、九条家の祖。 |
| 源頼朝に仕え、記録所を再興、関白にもなった。 |
| 慈円も忠通の子で、天台座主となり、「愚管抄」を書いた。 |
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