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建築年
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所有文化財
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備考
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地下鉄「大倉山」駅から北へ徒歩10分
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リンク
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昭和56年から58年の神戸大学医学部付属病院の新築工事現場で
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12世紀後半のものと思われる約250本の掘立柱の跡が見つかったが、
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その中に、寝殿造りの大邸宅跡があった。平頼盛の邸跡である。
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平頼盛は、忠盛の五男で、清盛とは異母兄弟に当たる。
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母は藤原宗兼の娘、池の禅尼。六波羅の池殿に住んだため
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「池の中納言」などと呼ばれた。1183年の平家都落ちの際には、
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一門と行動を共にせず、法皇に助命を嘆願した。
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その後、頼朝を頼って鎌倉へ向かう。平治の乱の際、頼盛の母
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池の禅尼により助命されたことを深く恩に感じていた頼朝は、頼盛を
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厚遇したが、壇ノ浦の戦いの後出家し、翌年に死去した。
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>>目次>>第20回「荒田八幡神社」
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