| 細川忠興(ほそかわ ただおき)1563〜1646 |
| 【撮影場所】京都府長岡京市・勝竜寺城址 |
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【関連リンク】城めぐり「勝竜寺城址」
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| 13代足利義輝の幕臣・細川藤孝の嫡男として生まれ、信長の |
| 長男織田信忠に仕える。信長の仲介により、明智光秀の3女・ |
| 玉子(ガラシャ)と結婚する。義父の光秀が本能寺の変を起こした |
| 時も光秀側に誘われるが断り、ガラシャを丹後に幽閉して潔白を |
| 示す。信長死後は秀吉に仕え、小田原征伐、朝鮮出兵などで |
| 武功を挙げる。関が原では東軍・家康方につき、戦後豊前小倉藩 |
| 39万9000石に加増移封される。 |
| 長男の細川忠利は、初代熊本藩主で、熊本細川家は、明治維 |
| 新まで12代続くことになる。 |
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