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| 伏見区にある、醍醐寺にやって来た。 |
| 「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。 |
| 醍醐寺は、実は2つに別れており、山の麓の「下醍醐」と、 |
| 険しい山中にある「上醍醐」、があるのだ。 |
| ここでは、「下醍醐」を紹介して、「上醍醐」は別のコーナーで |
| 紹介することにしよう。 |
| 左写真は、三宝院の山門。 |
| 三宝院は、1115年に醍醐寺第14世座主勝覚僧正が創建。 |
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| 三宝院の庭園は、1598年に、いわゆる『醍醐の花見』に際して |
| 造られたもので、特別史跡となっている。 |
| 醍醐の花見は、「醍醐寺中興の祖」と言われる、第80代座主 |
| の義演准后が手配し、時の権力者・豊臣秀吉が、秀頼、 |
| 北政所、淀殿、諸大名からその配下の者まで約1300名を |
| 従えて参加し、盛大に催された。 |
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この半年後に秀吉は亡くなり、正に最後の花見となった。
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| 左写真は、三宝院のもうひとつの門・唐門で国宝となっている。 |
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| 左写真は、重要文化財の清流宮本殿。 |
| 醍醐寺の総鎮守・清瀧権現を祀る。 |
| 室町後期の1517年に創建されたが、兵火により焼失。 |
| 現在のものは、1599年に、こちらも義演准后により、 |
| 再建されたもの。 |
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| 左写真は、五重塔で、国宝である。 |
| 醍醐寺はそもそも上醍醐を中心とした修験道の場であったが、 |
| 平安時代の醍醐天皇の御世に、天皇の庇護の下、 |
| 華やかな下醍醐が大いに発展したのだ。 |
| この五重塔は、醍醐天皇の冥福を祈るために朱雀天皇が |
| つくらせたもので、唯一の創建当時からの建物でもある。 |
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| 最後は、本堂である金堂を紹介しよう。 |
| 醍醐天皇の勅願により、904年に創建されたが、 |
| 放火により焼失。 |
| 現在の金堂は、秀吉が「醍醐の花見」の宴を前に、再興を |
| 命じたもので、秀吉の死後は、秀頼が、和歌山県・湯浅の |
| 満願寺の本堂を、仁王門とともに移築させて再興した。 |
| 平安後期の建築であり、国宝となっている。 |
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