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| 三十石船とは、江戸時代に淀川を上下した客船のことです。 |
| 乗客は、まず「船宿」に入り、そこから乗船していました。 |
| 紹介してきました、寺田屋も有名な船宿の一つだったのです。 |
| 江戸時代、この付近には多くの船宿が並んでいたといいます。 |
| 淀川は、平安時代以来舟運が盛んで、徳川家康は、「過書船」 |
| という制度を定めて、運賃や営業に対し税を課していました。 |
| 寺田のある、伏見には、過書船番所という役所もありました。 |
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| 三十石船は、長さ約17メートル、幅約2.5メートルで |
| 船頭4人、定員は28名の旅客専用船でした。 |
| 上りは一日又は一夜、下りは半日又は半夜で、 |
| 伏見〜大坂天満間を運行していました。 |
| 船賃は江戸時代中期で約50文。 |
| 明治4年(1871)に廃船となるまで続きました。 |
| 現在は、再現した三十石舟に乗って観光をすることができます。 |
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| さて、伏見といえば、もう一つ有名なものがあります。 |
| 「伏見の酒」です。 |
| 伏見はかって「伏水」とも記されていたほどに、良質の地下水 |
| が豊富に湧き出る地でした。 |
| その伏見は、豊臣秀吉の伏見城築城とともに安土桃山文化 |
| の中心地として大きく栄え、更に三十石船が運行し出すと、 |
| 多くの旅人が上陸し、伏見の酒が知られるようになりました。 |
| 造り酒屋の数も急増し、明暦三年(1657年)には |
| 酒造家83軒、造石高15611石と記録されています。 |
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| 江戸時代から伏見で営業を続けてきた酒屋は、2軒しかなく、 |
| その1軒が笠置屋こと、現在の「月桂冠」なのです。 |
| 寺田屋のすぐ近くには、「月桂冠大蔵記念館」があります。 |
| ここでは、貴重な酒造用具類を保存し、伏見の酒造りと |
| 日本酒の歴史をわかりやすく紹介しています。 |
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| 昔の酒造り工程に従っ見学をします。 |
| また、見学の後は、吟醸酒やプラムワインの試飲を |
| させてもらえるのも、楽しみのひとつです。 |
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関連リンク
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>>城めぐり「伏見桃山城」〜豊臣秀吉の建てた安土桃山文化の中核
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>>京都散策記<31>「伏見」〜新撰組を歩くB〜戊辰戦争の舞台
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>>京都散策記<40>「桃山」〜桓武天皇、明治天皇陵のある桃山御陵をめぐる
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>>トップページ>>目次>>第61話「六角」
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