楽園特急★

【旅の総合サイト】楽園特急に乗って自分の旅を探しに出かけよう!

京都散策記

 トップページ >> サイトマップ >>  LINK  >> 京都散策記トップ

六波羅A 六道珍皇寺

さて、六波羅蜜寺より5分くらい東へ歩くと、六道珍皇寺がある。
建仁寺の塔頭寺院で、平安前期の延暦年間に、奈良の大安寺
の住持で弘法大師の師にあたる慶俊が開基した。
その後、小野篁堂塔伽藍を整備した。
そもそも、この六波羅の東は、鳥辺野(とりべの)と呼ばれる
葬送の地で、この辺りは墓場への入口であった。
ちゃんとした墓石もなく、単なる死体置き場だったと伝えられ、
文字通り、「あの世への入口」であったのだ。
さて、山門をくぐるとすぐに、小さなお堂が右手に
見えてくる。閻魔堂である。
それでは中を覗いて見ることにしよう。
 
 
 
 
 
 

小野篁像。小野篁は嵯峨天皇に仕えた平安初期の政治家で、
学者、歌人としても知られるが、閻魔王宮の役人であったと
いわれ、昼は朝廷に出仕し、夜は閻魔庁に勤めていたと
いう。次のような伝説もある。
大臣藤原吉相は、篁がまだ学生だったころ、あることで処罰
されかけたとき、助けたことがあった。後に大臣が病で死んで
生前の裁きを受けるために閻魔大王の前に出たとき、篁の
口ぞえのおかげで、この世に戻ることができたという。
また、この像の隣には、閻魔大王座像もある。

六道の鐘。鐘を付けば、その音はあの世にも響くと伝えられ
ている。鐘は、建物の中に封印されている。
 
 
 
 
 
 
 

本堂の様子。
 
 
 
 
 
 
 
 

その本堂奥にある、「小野篁冥土通いの井戸」。
篁はこの井戸から冥界に入り、閻魔庁に出仕したという。
ちなみに、この井戸は入口で、出口は、嵯峨野・福生寺にある。
現在、福生寺は廃寺となり、寺にあった「生の六道」の石柱は
清涼寺に移されている。
 
 
 
スポットDATA
六道珍皇寺 [交通]京阪電気鉄道五条駅から徒歩15分
[拝観時間・料金]境内拝観自由

>>トップページ>>目次>>第48話「六波羅B」