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京都散策記

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六波羅@ 六波羅蜜寺

NHK大河ドラマ「義経」(H17現在)の影響か、それとも近年の
陰陽師」ブームの影響か、六波羅近辺では、最近観光客が
とみに多くなっている。
六波羅は、京都市東山区の建仁寺のちょうど南側あたりの
区域を指す。もとは「六原」と書いた。「ろく」は「霊」の古語で、
六原とは、「霊の集まる場所」を意味する。
平安時代の平家全盛のころは、一門の邸宅が5200あまりも
ひしめき合い、平氏六波羅第と呼ばれた。
鎌倉時代には、政治の要所として六波羅探題が置かれた。
その六波羅の中心にあるのが、六波羅蜜寺である。
西国三十三ヵ所第17番札所でもある。
空也上人が951年(天暦5)に開いた西光寺を、上人の没後、
弟子の中信が六波羅蜜寺と改名した。
左写真の本堂は重要文化財
平家没落の際に、諸堂にも火が掛けられたが、奇跡的に
本堂は焼失を免れた。
その後、源頼朝、足利義詮、豊臣秀吉、などにより修復され
現在に至る。

天台宗の別院だけあって、柱には密教らしい模様が
描かれている。
どことなく、アジアンテイストをかんじる。
ヒンドゥーの寺でよく見かけた模様だ。
 
 
 
 
 

当寺の宝物館に展示されている平清盛坐像
鎌倉時代の作で、重要文化財
この像は、出家して、浄海と号した頃の、清盛の晩年の姿
を写したものと伝えられている。
 
 
 
 
 

続いて、空也上人立像。こちらも鎌倉時代の作で重要文化財
空也は醍醐天皇の第二皇子で、若くして出家して、苦行を
行うなどして修行した。踊念仏の開祖
この像は「南無阿弥陀仏」の六音を視覚的に表現したものと
して、芸術的にも評価が高い。
天暦5年(951)に、京の都に疫病が流行したとき、空也は自ら、
十一面観音をつくり、車に乗せて市中を回り、仏前に献じた茶を病
人に授け、念仏を唱えると、たちまち病が治ったという。
そのときの十一面観音(国宝)も、当寺に今も残っている。
スポットDATA
六波羅密寺 [交通]京阪電気鉄道五条駅から徒歩5分
[拝観時間・料金]8〜17時、境内自由(宝物館500円)

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