弘川寺
| 願わくは 花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ 西行法師 大阪府南河内郡河南町弘川に「弘川寺」があります。修験道の開祖である「役の小角」は、 約千三百年前に金剛葛城山系で行を積み、吉野大峯を始めとする数々の山岳霊場を開き ました。と言うことで、金剛葛城山系一帯には、「役の小角」(えんのおづの)の足跡が今も 尚数多く存在します。 弘川寺は、天智天皇四年に役の小角によって開創されました。本尊は薬師如来、天武・ 嵯峨・後鳥羽の三人の天皇の勅願寺となり、その後行基が当寺で連業をし、変遷を重ねて 弘法大師が中興しました。西行法師というと吉野を連想しますが、晩年はこちらの境内に庵 を結び、彼の終焉の地になりました。 葛城山麓に建つ寺の背景になる里山では、春になると西行さんを偲ぶように桜が爛漫と 咲き誇ります。南北朝時代には、楠木正成が金剛山の大阪側の千早赤阪に山城を構え、 足利の大軍を相手に奮戦したことは有名です。正成につらなる旧跡も、当然ながらこの地 域一帯に数多く存在します。 戦国時代には戦禍に会い、多くの堂塔が残念ながら消失しました。 西行さんの庵からは泉州や浪速平野を一望に見渡すことが出来、澄み切った日には遠く 淡路島まで展望することができます。晩秋に訪問したところ、北側斜面で一本だけ残る桜の 紅葉に出会うことができました。春には桜の中を歩いて見たい、その思いが強くなりました。 |
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03,12,23 アップ